#615【これぞ大西ワールド!】心の内側の傷が社会を壊す?これからの「癒しの政治」と民主主義の成熟とは 大西つねき(2026.3.1)
(深田)
皆さん、こんにちは。政経プラットフォーム・プロデューサーの深田萌絵です。今回は、無所属連合共同代表の大西つねきさんにお越しいただきました。大西さん、よろしくお願いします。
(大西)
よろしくお願いします。
(深田)
選挙が一段落しましたので、今後のこの国の展望、そして大西さんが描いておられる日本の展望について、お聞かせいただけませんか。日本はこれから、危ない方向へ向かっていく予感はありませんか?
(大西)
そうですね。選挙が終わり、現在さまざま混乱しています。選挙の余波と言うか、不正があったと主張する人もいれば、議席を伸ばした政党もあれば、大きく減らした政党もあります。私は、政治の内側の問題が噴出しているのではないかと思うのです。
(深田)
内側とは、どの内側でしょうか?
(大西)
政党内部というよりも、むしろ一人一人の内面といったほうが近いかもしれません。
(深田)
それは、各政党が抱えてきた内部の問題が表面化したという意味でしょうか?
(大西)
日本人一人一人が抱えている問題だと思います。依存が強いことや、内面に傷や痛みを抱えている人が多いです。そのような状態のまま、外側でさまざまな出来事が起きると、とりわけ政治に対して怒りを向けやすくなります。
内面に傷を抱えたまま政治に関わると、問題の責任を外部に転嫁しやすくなります。すべてを政治の問題、政党の問題、政治家の問題として捉え、自らの内面と向き合うことなく、外側の対立へと向かっていく。その結果が、政党内外での混乱や対立として表れているのではないかと感じています。
(深田)
なるほど。確かに、政治家個々人の中にも、金銭欲や権力欲、あるいは承認欲求が動機となって活動している人がいるのも事実です。中には、承認欲求を満たすためだけにマイクを握りたいという人もいますね。
(大西)
内面の問題を外部へ転化して政治に関わろうとする人や、それに反応して集まる支援者、さらには政治家自身も含め、さまざまな依存の構造が政治の現場で噴出しているように見えます。内海聡さんも一貫して依存の問題を指摘されていますが、まさにその現象が政治の場で顕在化し、内紛のように見えます。
だから、これからは「癒やしの政治」が必要ではないかと感じています。ただし、ここでいう癒やしとは、単に慰め合うことではありません。それぞれが自らを癒やすプロセスを経ていかなければ、本当の意味で自立した民主主義は生まれないのではないかと思っています。
(深田)
すごいですね。政治によって受けた傷は、政治を通じてしか癒やされないのではないかと感じています。私自身も、政治的な混乱に巻き込まれ、深い傷を負った経験があります。しかし、自らを立て直し、同時に周囲の人々とも支え合う活動を続ける中で、昇華されていきました。活動を通じて互いに支え合い、癒やし合うという経験はあったと思います。
(大西)
癒やしとは、最終的には自分が抱えているものを手放していくしかありません。しかし、政治はどうしても外部に問題を設定し、それを解決するという形式で進みがちです。その枠組みの中で、いかにして癒やしの政治ができるのか、私自身にとっても難しい課題です。
そのため、個人セッションを行ったり、生き方や在り方、哲学や思想について語ったりしています。まずは自分が自分の中心にいるという感覚になっていただくことが重要だと考えています。一度政治から距離を置いてもらうことの方が、かえって政治の成熟につながるのではないかとも感じています。
(深田)
つまり、政治に関心がないことが、政治の中心に近づくことになるということでしょうか?
(大西)
僕は、一度離れたものが再び戻ってくると考えています。この国の流れを振り返ると、震災以降、人は命や死に直面する機会を経験し、新型コロナの流行もありました。その中で、政治に頼るのではなく、自らコミュニティをつくり、村づくりや農業、教育などを自分たちで始める人々が増えました。政府や政治に期待しない姿勢から出発した人々が「やはり政治を変えなければならない」と考え、再び政治へと関心を向け始めているように感じます。
(深田)
よく分かります。政治から距離を置いたつもりでも、活動を続けるうちに制度上の問題に突き当たります。私は逆に、制度の問題に直面したことから政治活動を始めましたが、結局は世論が変わらなければ制度も変わらないと気づきました。そこで、今度はコミュニティの中で「民主主義とは何か」という議論を始めるという矛盾する行動から回帰するんですよね。
(大西)
それは矛盾ではなく、人の心が社会を形づくり、社会が政治制度を形づくるという循環の表れだと思います。こうした循環を何度も繰り返す中で、心の問題と制度の問題の両方が重要であり、どちらか一方だけでは不十分であることに気づいていくのでしょう。
最終的には、結果の良し悪しよりも、自分がどのような在り方でいるかが最も重要であるという認識に至るのではないでしょうか。今はその過程にあるのだと思います。各人が自分の在り方を自ら選び、実践していくことで、自然と政治の質も向上し、選ばれる人も変わり、制度も変化していくはずです。
現在は大きく振れた局面にありますが、それは次の変化への準備段階とも言えるでしょう。良い悪いという価値判断を超えた、必然的な過程の一部なのかもしれません。
(深田)
確かに、左へ振れると、その反動として今度は保守的、あるいは極右的な思想が支持を集めることがあります。逆に、右へ行き過ぎれば、自分たちの人権がなくなるという現実にも直面します。そしてそこでまた学び、再び振り戻しが起こる。そのように大きく振れながら往復する過程こそが、民主主義が始める直前の段階なのかもしれませんね。
(大西)
この間、無所属連合から東京で立候補した辻健太郎さんと話す機会がありました。やはり300議席規模の大勝となると、次は政権交代が起こりやすいという見方があります。かつての民主党政権誕生時も同様の流れでした。
(深田)
小泉政権の後の状況ですね。
(大西)
そのように一方向に大きく振れると、その反動もまた大きくなります。「何かしてくれそうだ」という期待感で一気に振れた結果、実際に政権運営が始まってとんでもない事態が生じれば、今度は逆方向に振れやすくなるのです。ただし問題は、そのときの受け皿が、今回は雲散霧消してしまっているという点です。
(深田)
そうですね。木端微塵ですよね。
(大西)
例えば、次の国政選挙まで3年程度空く可能性があります。衆議院も参議院も同様です。そうであれば、2028年までに、この大きく振れた流れを受け止める新たな枠組みを構築することが課題になるのではないかと考えています。
(深田)
労働組合をつくり直すところから始めるべきではないかと感じます。
(大西)
現在のように、資本家側にいる労働組合ではなく、労働者の立場に立つ組織です。
(深田)
労働組合の資本主義化が間違っているのですよ。バランサーがないわけです。労働組合幹部が大企業の経営層と癒着し、組合員を丸め込むことで自身の出世につなげる構造がある。この構造を断ち切らなければなりません。そのためには企業内組合ではなく、産業単位でフラットな労働組合を形成する作る必要があると思います。
(大西)
それが産業単位なのか、あるいは産業横断的な枠組みなのかは検討が必要でしょう。業界ごとに区切れば、そこに新たな制約も生まれます。むしろ業界を超えて、全労働者を代表できるような形が望ましいのかもしれません。少なくとも資本側に正面から対峙できるまとまりを築く必要があります。そして、それを政治的に受け止める器も同時に求められるでしょう。
(深田)
そもそも日本では、保守もリベラルも民主主義について議論したことがありません。何が民主主義なのかを明確に語らないまま、それらしいことをやっているのです。
(大西)
民主主義を突き詰めると、保守やリベラルといったレッテル自体が意味がなくなり、民主的とは言えません。色分けし、その枠に当てはめること自体が民主主義の対極にあります。さらに多数決によって「勝った側が正しい」と単純化してしまうと、最も民主主義的でない側面が支配的になってしまいます。
残された3年間でどこまでできるかは不透明ですが、基本的な考え方や在り方について、社会全体で議論し、気づきを深める過程が必要です。そして僕が強く懸念しているのが、憲法改正です。
(深田)
これは由々しき問題ですね。
(大西)
3分の2の議席をすでに取られて、やる気満々です。2018年版の自民党改憲草案では4項目に絞られていますが、その中で最大の焦点は、憲法第9条2項の後に自衛権および自衛隊を明記する点になると見ています。
(深田)
それは、多分「撒き餌」なのではないかと私は感じています。国民が食いつきやすく「これでこの国は良くなるのだ」と思わせる論点を前面に掲げ、その背後に基本的人権の削除や緊急事態条項を置いているように見えるのです。
(大西)
4項目は、緊急事態条項、9条の自衛隊の明記、教育無償化、そして合区解消です。その中でも、憲法9条の改正案はかなり狡猾だと感じています。
(深田)
どのような点ですか。
(大西)
1項は変えず、2項の後に自衛権や自衛隊を加えるという形をとっています。いかにも9条は変えていないが、自衛隊だけを書き込む構成です。しかし9条第1項には「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と明記されています。国権の発動たる戦争には、自衛権なのですよ。
その規定をそのまま残しながら、後段で自衛権を付け加えるというのは、実質的に1項を無にするやり方ではないかと僕は考えています。正面から1項を改めると言えば強い反発が起きるでしょう。だからこそ、表面上は残したまま、後から意味を変えていく。そのような構成は、ごまかしやまやかしに近いものではないかと感じています。
(深田)
これまでも我が国の政治には、国民を騙してごまかしています。
(大西)
そのような形で改正が進められてしまう可能性があるからこそ、僕は強い危機感を持っています。僕は憲法9条をそのまま堅持すべきだという立場です。今年はその点をより積極的に伝えていきたいと考え、講演会や対話の場を増やす予定です。
4月には、イスラエル出身で元空軍パイロットのダニー・ネフセタイさんという平和活動をしている方と憲法9条について語る機会も予定しています。憲法9条だけでなく、憲法全体についてもしっかり伝えていきたいと思っています。今年は特にそこに力を入れるつもりです。
(深田)
なるほど。
(大西)
いずれにしても、3年後までにどのように受け皿を作っていくのかということですね。
(深田)
憲法改正の議論が始まると、憲法とは何かということを振り返る人も出てくると思います。
(大西)
その通りです。民主主義とは何か、基本的人権、個人の自由とは何かということを見直す必要があります。2018年版の自民党改憲案は、実現しやすい印象がありますが、ひどいのは2012年版です。2012年版で、例えば憲法12条や13条では、基本的人権や自由に関して「公共の福祉」から「公の秩序及び公益」へと変更されています。
公共の福祉は、他者の人権との調整を意味する概念であり、その人権侵害が成立するのかどうかを争う余地があります。しかし公の秩序や公益となると、具体的な相手が見えません。そうなると国家や権力が判断することになります。この違いの重大さを、多くの人が十分に理解していないのです。
(深田)
そうなんですよ。漢字の並びが似ていますから、意外と深く理解していない人多いなと思ったんですよね。
(大西)
基本的人権は、思想や信教の自由など人がそれぞれ異なっていてよいという点にあります。しかし「公の秩序や公益に反しない限り」と言うと「危険思想」というレッテルを貼れるようになるのです。その危険性を、みんなにきちんと知ってほしいです。
(深田)
本来であれば、リベラル側がもっと人権とは何なのかを話さなないといけないのに「人権、人権」という時に加害者側の人権の話ばかりをするので、だんだん一般国民が人権アレルギーになっているのですよ。リベラルの人たちが、憲法9条改正反対だけではなく「もっと憲法にはいいことたくさん書いてあるんだよ」と頑張って訴えないといけないです。そういうことをきちんと話をしないということは、彼らはリベラルとは言っているけれども単なる利権団体にすぎないです。
(大西)
さらに、新しい考えを持つ人たちが、その正しさを信じ過ぎている傾向も見られます。本来のリベラルであれば、多様な考え方を許容するはずです。しかし、例えば森喜朗元首相が古いことを発言した際に、人格まで否定するような攻撃が行われることがあります。森氏にも当然人権はあります。
それにもかかわらず、特定の価値観に合致しない意見を排除するのであれば、それはもはや広い意味でのリベラルとは言えず、狭い範囲になってしまいます。
(深田)
リベラルではなく自分たちの立場が絶対であるという考えなのですね。
(大西)
結局、先ほど言った通り、内面に何かを抱えている人が強く攻撃的になっているのです。自分を癒やせていない人が政治に関わると、そうなるのです。
(深田)
確かに、そかもしれません。
(大西)
自身の体験やLGBTの問題などをめぐって「社会が悪いんだ」となると攻撃的になってしまうのです。
(深田)
確かに、その傾向は見られますね。では、今後の日本についてはどのようにお考えですか。
(大西)
いわゆるインナーチャイルド(幼少期に受けた感情や経験)という表現が適切かどうかは分かりませんが、多くの人が何らかの内面の課題を抱えています。それを一人一人が癒やしていくことが、政治をアップデートするための鍵になるのではないかと考えています。
(深田)
長い道のりになりそうですね。
(大西)
長い道のりですが、変化のスピードは意外に速いとも感じています。そういうことに気づき始めている人が増えているからです。もともと日本人は対立的な政治を好まない傾向があります。今回の選挙でも明らかに他党批判している勢力が支持を失い、そうではない勢力が票を取っています。
(深田)
私はバリバリに他党批判です。何か違うのですよ。批判しなくなったら終わりなんですよね。政策がおかしいと言わなくなったら終わりだと思っています。今回討論会で中道の候補者いて、若くてさわやかな人が「私は他人の批判はしません」というようなこと言いながら何か緩いことを言うんですよ。
やはり政治は政党の戦いというか、政策をどうするのかという話し合いの場が議会じゃないですか。討論の場で「この政策はおかしいよね」と堂々と批判し合えないといけないと思うんですよ。でも今の若い人は批判や話し合い、議論を恐れすぎていると思います。
(大西)
それは、対峙や相違を恐れる人が多いからかもしれません。多くの場合、他党批判は「良い・悪い」という評価から入ってしまう傾向があります。政党や政治家も、正しい・正しくないという枠組みで政治を行っている面があります。最初の入り口の段階で既に割れてしまっているのです。
どの部分がどのように違うのかを明らかにして、良し悪しを判断するのは出口の段階です。そこに至るまでに、きちんと対峙し、違いを明確にしていく議論こそが不可欠だと考えています。
(深田)
あるマーケティングの専門家と、どうやれば政治の話が若い人に伝播するのかを話をした時に、その人から「姉さん(深田)はいろんなものを批判するでしょう。今の若い世代は批判すること自体がないから、それで怖がってみんな逃げていく」と言われました。
確かに喫茶店で若い女性の恋愛相談を聞いていたら、私の世代ではありえない話をしているんですよ。彼氏が浮気している節があるとうのです。「何日も連絡がなかったり、夜電話しても出ないとか、何かいろいろ怪しい節があるんだよね」という話をしている女の子がいました。そうすると周りの2人の女の子が「大丈夫だよ。そんなことないよ。気のせいだよ」とか言っているんですよ。
(大西)
それは現実逃避だね。
(深田)
そう、現実逃避なんですよ。私の世代で大阪であれば「えっ、何それ? ちょっと彼氏おかしいんじゃないの、引っ掛けたろか」と言って「久しぶり」とか「遊びに行かない」とブラックメールを送ってやるのですよ。それで「行く、行く」と言って出てきたら「やっぱりこういうおっさんやん」みたいに突っ込んで、嘘と本当を明確にしないといけない。
女はあっという間に年を取って婆さんなるから、悪い男に引っかかってはいけない。ただ、そのようにして私たち国民も悪い政治家に引っかかって貧乏になってきたわけじゃないですか?
(大西)
よく分かります。大事なことは、感情の乗せ方や話し方だと思うのです。批判のための批判になっていないかどうかというところですね。政治家同士は、結局のところ一票を取り合っている立場です。その構図のまま、相手を打ち負かす前提で話をすると、聞く側は最初から身構えてしまいます。そうなると、内容が入ってこなくなるのです。
ですから、一度その構図を外して、できるだけフラットな状態で具体的な話をする。「ここのこの部分はこういう問題がある」と、細かく示していく。その入り口で知識や理解を深めてもらい、最後の出口のところで「ここが違いです」と明確にする。
これはある種の技術でもありますし、ファシリテーションの問題でもあります。言い方を工夫すれば、同じことを伝えても受け取り方は大きく変わります。僕自身もそこは意識して取り組んでいますし、そうした姿勢が広がれば、感情的な対立に見えなくても、違いはきちんと伝わるようになるのではないかと思っています。
(深田)
「彼氏が夜、電話しても電話に出てくれないのです」と言われたら、何と答えるのですか?
(大西)
単純に、出たくないのではないか、と伝えると思います。そこから先は、自分がどうするかを決めればよいだけの話です。もう少しクールに受け止めればよいのではないでしょうか。
(深田)
「大西さん、減税してほしいのだけれども、自民党が減税してくれない。どうしたらいいですか」と言われたら、どう答えますか?
(大西)
そもそも、なぜ減税できないと言われているのかを考えると、結局は「財源がない」という説明に行き着きます。その「財源がない」という前提を検証する必要があるのではないでしょうか。僕は、その部分に思い込みがあると考えています。
「自民党が悪い」「あの人たちは分かっていない」といった言い方をすると、支持者は耳を閉ざしてしまいます。そうではなく、なぜそのような考え方に至っているのかを理解し、その考えは本当に妥当なのかと問い直す。人格や立場を否定するのではなく、考え方そのものを論理的にたどり、その根底の思い込みを丁寧に崩していくのです。そうすれば納得してくれるはずです。
(深田)
そこを崩すのは難しいですよね。論理ではなく、利益で動いているのですから。
(大西)
確かに、お金が重要な社会ではあります。ただ、その利権に関わっている人たちも、必ずしも最初から悪意はないと思うのです。自分の家族や仕事のためによかれと思って動いているのではないでしょうか。
仕方がないとまでは言いませんが、立場が変われば似たような判断をしないとは言い切れないのではないでしょうか。だから、敵と味方に分けて対立構造にするのではなく、同じ人間として前提を共有したうえで、考え方の違いを明確にしていく。その積み重ねでしか、理解を広げていくことはできないのではないかと僕は考えています。
(深田)
まだまだ時間はかかりそうですね。
(大西)
そうですね。ただ、地道に続けていけば、広がりは意外と早いのではないかとも感じています。そうした姿勢をきちんと実践する人が増えてくれば、支持も集まってくるのではないでしょうか。
(深田)
そうですよね。大西つねきさんのような考え方をする人が増えれば、広がりそうですね。
(大西)
冷静に問題点をあぶり出し、みんなで考えていこうと、在り方を明確に示すことができれば、可能性はあると思います。一緒にやりますか?
(深田)
それも一案ですね。今回は大西つねきさんにお話を伺いました。先生、どうもありがとうございました。
(大西)
ありがとうございました。





