#168-海老原嗣生 × 深田萌絵 激論『日本人の賃金が安いのはアベノミクスの弊害か!?』

【目次】
- 00:00 1. オープニング
- 01:15 2. 給料安の原因の円安と金利・物価
- 03:28 3. 為替は実質金利で決まる
- 05:42 4. 円高になるはずが金融緩和で円安
- 08:01 5. 円安で生活産業まで儲かっている
- 11:42 6. 円安を享受するか、甘受するか、我慢するか
- 13:26 7. 日本は円安になっていくしかない
(深田)
皆さんこんにちは、ITビジネスアナリストの深田萌絵です。今回は雇用ジャーナリストで大正大学招聘教授の海老原嗣生(つぐお)先生にお越しいただいています。先生、よろしくお願いします。
前回は日本の給料がどんどん低くなって色々な国に抜かれてしまい、日本はもう貧乏国だけれども、実はそれは為替にも問題があるよというお話でした。では為替レート次第で日本と世界の賃金を比較するレンジが変るからと言って、「日本は負け組だという認識は勘違い。問題なかったね」という結論で終わりにしてしまってよいのかどうか、今回はそのあたりをお話しいただきたいです。
(海老原)
はい、今回は金融システムの話をしようと思います。なぜ日本の給与が安くなったかというと、それは円安のせいで、円安というのは金融システムの問題だからです。低賃金の6割くらいが金融システムの問題で、あと4割くらいは日本の雇用市場の問題なのですが、それは次回にご説明しようと思っています。どちらの問題も安心できる話ではないので、そういうメカニズムになっている事を知っていただいたら「反省しないといけないな、やばいかな」とも感じて欲しいところです。
(深田)
ではご解説をお願いします。
(海老原)
金融出身のあなたには少々退屈かも知れませんが、子供に話すような基本から説明していきましょう。
◆為替変動のメカニズム~金利とインフレの綱引き
為替とはなにか、為替レートは何で決まるのかと言えば、まず金利という要因が大きいでしょう。例えばいま手元に1万円あって、アメリカで貯蓄すれば金利が10%つく、日本では金利がほぼ0%だった場合、どちらに預金するかといえば金利が高いアメリカで預金したい人が増えますね。すると円を売ってドルを買わなければいけないから当然「円安ドル高」になります。つまり為替は金利と関係があって「金利が高い通貨は、為替的に高くなる」これが鉄則の1つ目です。日本は低金利だから通貨も安くなる、これも当り前の話ですね。
ただ2つ目として、通貨と物価の関係があります。例えば為替が1ドル100円の時、日本で1個100円のリンゴはアメリカなら1ドルですが、1年後にアメリカがどんどん値上がりして1ドル10セントになってしまったとすると、アメリカで買うのは損で貯蓄のメリットも減ります。逆に日本はデフレで値下がりして1個90円になったとすれば、今度はドルを売り日本円を買って貯蓄した方が得になるわけです。つまりインフレ率と通貨の関係は「デフレなら通貨(価値)は高くなり、インフレなら安くなる」これが鉄則の2つ目です。
両方を重ねると、アメリカは金利が高いが物価も高い、日本はその逆になる。では結局「どちらが実際に得なのか」という事が問題になりますね。細かな要因を省いた一番簡単なモデルで考えれば、名目上の金利からインフレ率を差し引いた「実質金利」、これで為替は決まりやすいのです。つまり「為替は金利とインフレ率の綱引きで決まる」これが鉄則の3つ目です。
では実際に日米の実質金利差で見てみましょう。アメリカは金利もインフレ率も高くて困っていましたが、最近になってインフレ率が2.6%まで下がったので(名目上の)政策金利5.5%から差し引いた実質金利は2.9%になりました。かたや日本のインフレ率もおよそ2.5%ですが、名目金利0.25%から差し引いた実質金利はマイナス2.25%になります。アメリカのプラス2.9%とは5%以上の実質金利差がついていますから、アメリカにお金が逃げてしまうのは当り前なのです。
ただ日本だって、もしも金利を上げていけば非常に円高になっていくし、またアメリカの金利は先行きどんどん下がってくる筈という予測です。いまは一時的に高めの予測に戻していますが、今後緩やかに下がるのは確実で、あと1~2年もすれば円高にどんどん振れていくと考えるのが当り前です。
◆デフレは国際比較的には賃安理由にはならない
デフレだから日本は給与が上がらない、今まではこう言われていましたね。モノの値段が下がって給与も上らないという仕組み自体がそもそもデフレなのですから、それは確かにそうです。でも、ここで皆さんに考えて欲しいことがあります。
日本の名目賃金は横ばいなのに、他国はどんどん上っている。でも経済にはインフレ率も関係していて、他国は物価が上がり、日本は下がっている。貨幣価値で見れば他国は物価高の分下がり、日本は逆に上っているのです。つまり名目賃金と貨幣価値をかけ合わせて考えた「実質賃金」では大差ないのです。
(深田)
デフレの分だけ実質賃金は他国並みにあがっているという事ですね。
(海老原)
そうです。だからデフレのせいで給料が上がらなかったのではなくて、デフレ以上に別の問題があったからなのだ、という事に気付いて欲しいのです。
(深田)
そういう事なのですね、デフレ以上の問題があると。
(海老原)
そうなのです、デフレ以上の問題とは労働市場ですが、これは次回にお話ししようと思っています。
今回のテーマに戻ってさらに言うと、デフレだから貨幣価値は維持されている筈だというのも実は幻想なのです。それをこれからご説明します。
2012年まではデフレによる貨幣価値アップで、確かに日本円はどんどん高くなって1ドル80円台まで行きました。本来ならば、日米のインフレギャップに沿ってさらに70円台まで上がるべきだったのに、2013年からは逆に下がり続けて120円台になってしまった。これは何故でしょう。
(深田)
金融緩和のせいでしょうか。
(海老原)
そうです、金融政策、特に金融緩和が問題なのです。
(深田)
給料が安いままでも物価がデフレで下がっていくのなら、生活は維持できますね。しかし給料はそれ程変わらないのに、インフレで物価がどんどん上がっていくのが生活苦の原因になっていますが。
(海老原)
それはそうですね。ただし私は高橋洋一さんと同じく、円安は日本の経済にものすごくプラスになる、だから一概にNO(悪い)とは言えないと思っています。確かに日本が賃安の理由は、為替での大幅な円安、実質金利の低下、そしていま指摘した金融政策の問題があるでしょう。でもその前に
◆円安はこれだけ、日本経済を好転させている
という良い面、メリットからまずご説明していきたいと思います。
円安メリットの第1は、国際競争力です。円安というとすぐ輸出企業が儲かると言われます。例えば日本で1個80円の半導体デバイスがあったとして、1ドル80円の為替レートなら1ドルですが、100円だと0.8ドルに、120円なら0.66ドルまで値下がりします。つまり日本製品がすごく安くなるから買ってもらえる、輸出も増える、国際競争力も上がります。これは誰でも当たり前に言う事ですが、逆にここまでしか言わないのです。
ではこれ以外にどんなメリットがあるかと言うと、第2は資産効果です。日本の土地や株で同様に例えてみましょう。日本で800万円の土地は1ドルが80円なら10万ドルしますが100円なら8万ドル、120円なら6万6千6百ドルですみます。つまり日本で株や土地などを所有していると、安いから投資しようかと世界からお金が入ってくるので金融収支もすごく良くなるわけです。
(深田)
コロナ禍の間、日本の不動産を買いにきていた外国人の方が結構多かったですね。
(海老原)
それは猛烈に買いますよ、だって1ドル80円の時と比べたら半額ですから。
(深田)
だから都内のマンション価格が1億円越えという……
(海老原)
それはドル建てで見たら、80円レート時の5000万円分で買えてしまうから、資金負担は変わっていないのです。同じ物件を日本円で見たら1億円になっただけの話です。要するに円安になれば、輸出企業だけでなく株や土地を持っているお金持ちが得をする、小金持ちも得をする、これは当たり前ですね。日本の場合、年金資産やファンドなども外貨で運用している部分がかなりあります。年金は日本中の全員が納付していますから、そういう意味では日本人全員が広くあまねく円安で得している。これは確かな事なのです。
第3は所得効果、つまり所得収支の向上です。日本国内で製造して海外に輸出する企業はいま少なく、多くが海外で作って売って儲ける仕組みになっていますね。例えば海外の子会社で100万ドル儲かったとします。円建てにした場合、1ドル80円なら8000万円にしかなりませんが、100円なら1億円、120円なら1億2000万円になります。これはつまり「利益の付け加え」であって、実質はなにも変わっていないのに日本円にすると増えているわけです。この「付け加え」効果がいま非常に大きいと言う事に、日本の企業は気付いて欲しいですね。ハイテク企業だけの話ではないのです。
(深田)
たしかに色々な企業で最高益が出ていますものね。
(海老原)
考えてみてください、この所得収支の向上というのはハイテク企業だけでなく、吉野家さんも海外店舗が多いし、サイゼリヤさんだって中国の九龍一帯で今すごく儲けています。ファーストリテイリング(ユニクロなどを傘下にもつ持株会社)では国内ユニクロの売上はたった36%しかなくて、海外ユニクロが50%です。それからMUJI(無印良品などを経営する良品計画)だって売上の38%が海外です。これらの企業はハイテクでも、輸出企業でもないですよね。ただの内需産業、生活産業でも今は海外にたくさん支店を持って儲ける仕組みになっているのです。
(深田)
MUJI、けっこう海外で売れているんですね。
(海老原)
海外ではユニクロよりもハイ・ブランドのイメージがありますね。
(深田)
そうなのですね、意外です。
(海老原)
つまり所得収支では日本のかなりの企業、生活産業までが全部儲かっているのです。
そして第4のメリットはインバウンド需要です。ホテルの宿泊料を例にとれば簡単ですが、仮にAPAホテルで1泊8000円の部屋があるとします。1ドル80円なら100ドル、100円なら80ドル、120円なら66ドル。つまり安い安いと日本に来てたくさんお金を払ってくれるわけです。これはもう輸出産業とか海外支店をもつ企業とかも関係なくて、日本で店構えしているもの全てが儲かりますよね。
(深田)
ほんとに最近、(海外からの円安需要を見越してか)都内のビジネスホテルの値段の上がり方が結構すごくて……
(海老原)
でも深田さんはビジネスホテルなんか泊まらないでしょう、マリオットホテルとか、そういうのしか泊まっていないのですよね(笑)
(深田)
いやいやいや、私都内に住んでいるので、そんな(高級な)ホテルに泊まらないですから(笑)
(海老原)
つまりですね、観光・販売・飲食が儲かるという話で、もう内需産業まで儲かってしまうわけです。以上、円安のメリットを4つあげました。
◆円安・円高の収支
ではデメリットは何かというと、結局は賃安と生活苦です。
(深田)
そうですね……。
(海老原)
4つの円安メリットで産業が元気になるから、庶民はその「おこぼれ」にはあずかれる。おこぼれにはあずかれるけれども、生活は苦しくなる。その駆け引きが円安というものですよ、と思って欲しいのです。
(深田)
そうですね、やはりそこのバランスをどうとるかが問題ですね。
(海老原)
だから円安は一方的に悪いものではなくて、かなりいい面があるけれど、その分をどうするか。享受するのか、甘受するのか、我慢するのか。皆さんに考えて欲しいところです。
(深田)
円安が一気に進んでしまい、輸入系の企業が打撃を受けているのですけれども、その一方で円安のメリットを受けている企業もかなり多いと。
(海老原)
そういう事です。輸入系企業が受けている打撃は僕たちの生活苦と同じ意味で、ものが値上がりしてしまうからという話ですね。さあどうしようかと言う、そこまでの話です。ここまでの説明で、円安のメリットとデメリットの収支は互角というより、良い面の方が少し多いのではないかと私は思っています。
では最後に、先ほど保留にした金融政策の話をしておきたいと思います。
◆なぜ円安になったのか~アベノミクスと低金利
これは金利を抑える仕組みを日銀がやっているからですね。金利を抑える仕組みとは国債です。国債を安めに発行して日銀がどんどん高く買い取ってあげる、それが金融緩和の仕組みですね。日銀が積極的に介入すれば国債の発行価格はどんどん上り、国が償還する時の金利負担がどんどん減るので、金利操作が可能なわけです。
けれど国債を買う民間金融機関にしてみれば逆に、利ざやとなる差分がどんどん減ってしまうので「もうこれ以上買えない」と言いだす。でも日銀は「いや高く買い取るからまだ大丈夫」と言うからさらに値上がりし、もう額面とほぼ同じギリギリの線まで来てしまった所で日銀は「額面以上で買い取ります」と言っていたわけです。
(深田)
そうですよね、はい。
(海老原)
そうすると国はほとんど無利子で借金できますが、さらに考えて欲しいんです。日銀が額面よりうんと高く買うからと言い続けて、安倍政権最後の頃にはどうなったか。もはやマイナス金利で償還額の方が小さいから、1兆円借金すると59億円くらい上乗せして戻ってくる仕組みになっていて、政府は借金をするほど儲かってしまったのです。つまり逆ザヤで、利子負担どころか上乗せのオマケが返ってくる状況になっていたのだから、政府の借金は止らなくなりますよね。
(深田)
そうですよね。
(海老原)
この結果、どうなったか。こういう形で低金利、いやマイナス金利に収められていた結果が、円安になったわけですよ。
(深田)
そうですよね。日米の金利差がパッと開いてしまった時に、今までの日本の問題が一気に噴出してしまう、そんな事態が最近起ってきたのかなと思います。
(海老原)
おっしゃる通り、さすがにお詳しいと思います。そういう意味ではトランプ政権の時だってヨーロッパだって景気が悪いからどんどん金融緩和して、金利はすごく低い状態でした。低い同士だったら日本の方がインフレ率は低いから実質金利が高くなる、だから日本円と言うのは下がらなかったわけですよ。
(深田)
世界各国でインフレが起った時に日本も追いかけて金利を上げられなかった事情ですが、実は1%上げるごとに国債費用が数兆円もかかってくるために、なかなか踏み切れなかったのではないかと思います。
(海老原)
国債の総発行量から考えたら、日銀が買い取り続けない限りそれはもう無理ですね、おっしゃる通りです。だとすると日本は金利が、永遠に長い間安くなっていくでしょう。アメリカの景気がこの後悪くなって金利がすごく下がってくれば円高に振れるでしょうが、アメリカが回復してインフレ率も高くなってきたらまた円安に振れるので、平均値で見れば日本円は徐々に円安になっていくしかないわけです。
(深田)
あまりにも金融緩和を続けてしまったので、実は2019~20年くらいに日銀はそーっと金融緩和からエグジット(脱出)しようとしていた節があったのですよ。ところがコロナが発生してしまい、エグジットできなくなった。そこから日本円がこじれてしまったと……
(海老原)
ほんとにそうなのです。そのエグジット出来るか出来ないかと言う時も、日本の金融政策には問題がありました。従来日本政府はずっと長期債を主流で発行し、日銀も長期債を買う長期金利の仕組みだったのに、あの瞬間は短期国債をものすごく発行していたのです。そうすると短期も中期も長期も全部、日本はもうエグジット出来ない状態になってしまったのです。
(深田)
なるほど。では次回は、日本の雇用システムの問題と、リ・スキリング(新たなスキル習得による人材育成)が無駄だったという事について……
(海老原)
無駄ですよ、あんなもの!
(深田)
はい、そこの根拠を詳しく伺っていきたいと思います。今回は、金融・為替の問題が雇用に反映されるメカニズムについて海老原先生からお話をいただきました。今回もありがとうございました。