#660 日本の公共=国家は勘違い!建築家・山本理顕が提唱する江戸時代に学ぶ「真の公共性」とは 山本理顕氏(2026.4.16)

(深田)
皆さんこんにちは。政経プラットフォーム、プロデューサーの深田萌絵です。今回は日本を代表する建築家の山本理顕先生にお越しいただきました。山本先生よろしくお願いします。

(山本)
よろしくお願いします。

(深田)
先日、横須賀美術館にお伺いした時に「公共建築というのはできるだけ多くの人に常に開かれてなければならない」というお話をいただきました。私はそのお話を聞いて「すごいな、でも24時間開いている公共空間なんてないよな」と思ったのですが、考えるとあることに気がついたのです。

実はお寺や神社がそうだったのです。元々日本には24時間人々を静かに受け入れるという空間があったことに気がつきました。改めて公共建築のあり方について教えていただければと思います。

(山本)
はい。この公共という概念が、日本ではうまく育てられなかったのですね。公共性=パブリックという概念ですけれども、そのパブリックに対する概念にプライベートがあります。そのパブリックとプライベートの関係をうまく作ることができなかったのです。それが江戸時代までは非常によくできていました。

(深田)
あっ、そうなんですか?

(山本)
はい。公共性という意味で、江戸時代の町は全部住民自治の町なのですよ。

(深田)
そうなんですね。

(山本)
京都も江戸もそうです。江戸時代は自分たちで自分たちを守るような仕組みを作っていました。一つの町の中に入るためには全部門があって、夜は入れなくするのです。その町の住民たちはその中で自分たちをしっかり守るのですよ。

それはとてもよくできていて、貧しい人たちもその中に長屋のような形で迎え入れられるのです。外側は大店の人たち、お金持ちの人たちが作っているのだけれど、中が空くでしょう。そこを貧しい人たちでも住めるような住宅をいっぱい作ったのです。

(深田)
ああ、なるほど。それが長屋ですか?

(山本)
それです。誰が作ったのかというと、その大店の人たちが作っていたのです。

(深田)
お金持ちの方が作ったのですね。

(山本)
自分の土地ですから。長屋は大店のために働く人たちだったのですけれども、仕事も彼らが与えてそこに住んで、そこにサービスもする。井戸があったりとか、あるいは汚水、雑排水の処理も全部そこでできるような仕組み、それは幕府が相当手伝いましたけれども、そういう大店の人たちがお金を出して自分の町を作っていたのです。

そういう仕組みが江戸時代とてもよくできていたのですよ。ですからリサイクルもとてもうまくいっていたし、当時鎖国をしていたから外からいろいろな資本が入ってこない。全部自分たちでやらざるを得ないような仕組みを江戸時代に作っていったのです。それはすごくいい仕組みを作っていったわけですね。

その時には明らかにパブリックという概念があったのです。プライベートという概念もありました。何がパブリックかと言うと、幕府がパブリックの中心にいて、公共とは何かということを幕府が決めたのです。

幕府の命令に従って町の人たちは税金も取られ、様々な負担があるけれど、逆に住民たちの自治を幕府の側が保障したのです。だから、いろいろな町で住民自治が非常に発達していました。例えば火消しは住民なのですよね。岡っ引きと呼ばれている役人も住民なのですよ。自治警察ですね。

(深田)
あ、そうなんですか。

(山本)
自治警察があって町ができていたのですよね。本来、消防は幕府の側で用意をする仕組みですが、日本は自分たちで消火したのです。

(深田)
「め組」などですね

(山本)
そうそう。あれは全部町の人で、彼らは日頃から英雄なのですよ。消火も町の治安も自分たちでやりました。そのような形で住民自治がすごく整っていたのですね。京都や江戸を見ると分かるけれど、お金儲けも全部、自分たちでやっていました。

主に大店の人たちが中心になって金儲けして、そうすると、国力というか日本の人たちの管理の仕方が上手なことと、彼らの商売がうまかったので、日本はどんどん豊かになっていたのですよ。

(深田)
みんなで豊かになっていったのですね。

(山本)
今日本で言われているように奴隷状態かというと全然そうではないのです。江戸時代はみんなプライドを持って仕事していたのですよ。

(深田)
女性も働いていましたよね。

(山本)
女性が最大の働き手ですよ。

(深田)
あ、そうなんですか。

(山本)
大店の店の経済を仕切っていたのは、むしろ女性ですよ。大店の人たちは、結婚する時は、そういう女性をもらってくるようにしたのですよ。「おしん」というドラマがあるでしょう。それですよ。家族経営ですから、おしんのような人が家族の中心にいたのですよ。

つまり何を言いたいかと言うと、コミュニティを作るために徳川幕府もすごく努力している。それぞれの場所でコミュニティがあるために住民たちは非常に助け合って生きていくことができたのですよ。

日本の国は、実は貧しかったのですよ。でもお互いに助け合うような仕組みはとてもよくできていたわけですよね、それはやはり幕府の政策が非常にうまくいったからです。それが今逆になっています。

徳川幕府は独裁的な支配者で、住民たちが虐げられているというふうに見るようになったのは、基本はマルクス主義なのです。マルクスは、歴史は古典ローマ、ギリシャから発展して、中世から近世、現代と社会は発展して、進化していくという考え方を作ったのです。だから、現代社会が最も進化している世界だと思い込んでいるわけですよ。

(深田)
実は退化しているかもしれないです。

(山本)
実は退化しているようにしか見えないような状態になっているのが、今の日本です。

そこでパブリックという概念なのですけれども、本来パブリックというのは、実は自分たちが作るのです。町の単位を自分たちで作りましたよね、それが本来の意味のパブリックなのです。町を作る住民、住民たちが自ら作る政府、自治、それがパブリックとプライベートの本来の関係なのです。

それをパブリックと呼んでいる。日本がかなりよくできていて、パブリックを「公共」と読む。公共と言う言葉は面白くて、公と共が入っているのですよ。こういう言い方をしている国はあまりないですよね。パブリックは公なのです。

(深田)
公なのですね。共はない。

(山本)
公とプライベートという関係はあります。これはもうギリシャ時代からできている。パブリックという概念を公共と訳したのは、かなり冴えているのではないかと思います。公と共が入っているのですよ。

(深田)
だから公というものと、人々と共にあるという概念ですね。

(山本)
そうです。それが元々日本で考えていた公共の概念なのですね。今で言うと町という単位があると、町を構成している住民たちがいっぱいいます。この人たちが作るのが本来の意味でのパブリックです。

(深田)
なるほど。今のパブリックの概念と違いますよね。私たちが作っていいものだというのが、本来のパブリックだったということですね?

(山本)
そうです。それが変わったのです。

(深田)
お上が「勝手に決めるよ」というのが今のパブリックですね。

(山本)
そうです。これはずっとこういう形は、世界中変わらないです。近代化されて、主に産業革命なのですけれども、その時を契機に、全ての国が目指すような金儲けをする国にみんななっていったのですよ。

そういう時に、国家という概念が非常に強い力を持つようになってきて、国家=パブリックと思い込んだわけです。国家とはどうできているかと言うと、王様がいたり、大統領がいてもいいのだけれど、その下に官僚組織があって、官僚組織が国全体を治めていくようなシステムになっていったのですよね。

それで官僚組織のことをパブリックと呼ぶようになっていったのです。本当はおかしいのです。元々あったこの関係のことを今は“common”(コモン)と呼んでいます。コミュニティです。日本ではコミュニティのことをコミュニティとパブリックと境がなくなったのです。

そこが問題なのですが、我々が今パブリックについて何を想像するかと言うと、役所です。役所がパブリックの中心だと思っている。道路の管理、建物の管理、警察も、全部役所がやると思っているのですよ。

このようになったのは近代化された以降です。それをパブリックだと勘違いしていますが、パブリックではないです。本来のパブリックとプライベートの意味は、住民と自分たちが作ったコミュニティとの関係が、パブリックとプライベートの本来の意味だったのです。

(深田)
ああ、なるほど。

(山本)
国家という概念ができてからそれが変わった。国家がパブリックの中心になったのです。

(深田)
そうですよね。だから公の秩序と言うと、今は政府がその基準を決めるのですけれども、本来であればここに住んでいる私たちが公の秩序とは何なのかと決められるべきなのだということですよね。

(山本)
そうです。公は自分たち住民が作るのです。それを今、公は誰かが作ると思っているでしょう。国家の議会がそれを作ると思っている。完全な間違いです。

(深田)
そうですよね。少数独裁になりますから公でも何でもないですよね。

(山本)
議会は一党独裁に必ずなっていくので、そこがパブリックの中心になっている。そうではなくて、地域ごとに何がパブリックかというのを我々が決める権利があるのです。泉町なら泉町という単位があって、そこでパブリックとプライベートの関係を、我々が作っていかないといけない。

今まではそういうことをやってきたのに、近代国家ができた時に全部パブリック=国家になったのです。そのパブリック=国家になると何が怖いかと言うと、そこからヒトラーみたいな者が出てくるのですよ。

(深田)
そうですよね。

(山本)
トランプもそうです。彼は自分がパブリックだと思っています。ヒトラーもそうです、俺こそパブリックの中心に自分がいると思っているから「俺の言うことに従え」ということになっていくわけですよね。

(深田)
「自分が法律だ」というぐらいですね。

(山本)
今のトランプのそれを独裁と言うのですね。

(深田)
独裁というか、普通の独裁は自分の国の中だけですよね。でも、今トランプ大統領は地球全体ですよね。

(山本)
そうです、まさにファシズムですよね。今そういうようなことが起きていて、ところがアメリカ国民はトランプの独裁を許しているのですよ。それはトランプがパブリックだと信じているからなのです。アメリカの制度がそうなっているのです。

アメリカの制度は大統領と議会制が2つ両立しているのですよね。議会の欠陥と大統領制の欠陥をお互いに埋め合わせるような形で、アメリカの法律はできているのだけれども、それぞれに権限があって、それが今、あまりにも大統領の独裁が強くなって議会が死んでいるのです。あるいは民主党と共和党というような党派制で作った議会なので、それはもう最大の間違いなのです。だからアメリカの議会は死んでいます。

(深田)
おっしゃる通りだと思います。

(山本)
それを許しているのですよ。今、トランプが独裁になって、アメリカ中が許している。だから彼はすごく強い。世界を支配するような形になっている。それは何が問題かと言うと、パブリックとプライベートの概念が完全に間違って解釈されているのです。

(深田)
確かにそうですよね。公共とは、私たちここに住んでいる人間が作るものである。この意識が薄れてしまうと、お上がパブリックとして、お上による公の秩序に従えとなって、平伏してしまうのですね。そうではなく「公共とは。みんなで作るもので、私たちに決める権利があるのだ」ということを一人一人が意識することで、国が良くなるということですよね。

(山本)
国が良くなるのかどうか、我々が考える必要全くないです。自分たちのコミュニティ、そこを自分たちは育ていかないといけない。邪魔する者がいたら戦わないといけない。政府が邪魔するのであれば戦わないといけない。我々は国を良くするという意識を持つ必要がないのですよ。自分たちが豊かになればいいのだから。

(深田)
確かにそうですね。

先生、このチューリッヒ空港の近くにあるこの複合施設は、これは公共施設だと思うのですけれど、地域の人や住民、そして外から来る方がどのように栄えていくような設計になっているのですか?

(山本)
まず、これはプライベートな建物です。

(深田)
これは公共施設ですか?

(山本)
チューリッヒ国際空港は株式会社なのです。公共性はすごくありますけれども、元々国営だったのが自由化されて、今は民間企業です。これは民間企業が作っているのです。

(深田)
民間企業がこれだけの施設を作ったのですね。

(山本)
ところが、スイスは民間施設に渡しましたけれども、その土地から何までこの辺り全部スイス・エアポートの土地なのです。元々飛行場というのは迷惑施設なのですよ。

(深田)
確かに迷惑ですよね。

(山本)
騒音はするし、コミュニティ以外の人たちもいっぱい入ってくる。そうすると地域社会の人たちに協力してもらわないと本来これはできない。エアポートの人はそういうことがよく分かっているのです。

スイスはさすがにそういうとこよくわかっているので、エアポートの人は地域住民との関係について、地域住民は何考えているのかということも考えながら、私と一緒に作っていったのです。それでクローテン市とチューリッヒ市の市長も一緒にこれに参加していたのです。

(深田)
住民の方とコミュニケーションを取られたりするのですか?

(山本)
直接住民とはコミュニケーション取りませんけれども、住民たちが作っているコミュニティや制度ですね。そことはいろいろな形で関わっています。例えば「これを高くしていいのかいけないのか」というのは政府が決めるのではなくて、住民たちが決めたルールなのです。スイスは特にそうなのですけれども、住民たちに話をしながら、住民の許可がないと建物は建てられないですよ。

(深田)
日本と全然違いますね。周りの住民のこと、中に住んでいる人のこと、そしてそこで使われるエネルギーなど、全てを考慮してこの建物を作らないといけないのだという意識が今の日本の公共建築にないです。

(山本)
ないです。公共性という概念です。公共性は自分たちで作らないといけないのです。

(深田)
公共性は自分たちで作る。

(山本)
そうです。自分たちの責任で作る。それが私たちに与えられた権利なのですよね。

(深田)
責任と権利ですよね。

(山本)
それを国家という概念がそれを奪っているのですよ。

(深田)
おっしゃる通りだと思いますよ。

(山本)
今は官僚政府国家になっているので、役人たちが今日本の国家の中心にいるような国になっています。これほど危険なことないですよ。

(深田)
そうですよね。だから住んでいる人たちの意見を完全に無視しているわけですよね。

(山本)
そう。無視していても平気ですからね。

(深田)
そして、その割には金持ちに媚びへつらっています。

(山本)
その役人たちは、自分が国家を背負っていると思い込んでいるのですよ。

(深田)
勘違いですね。

(山本)
たかだか大した能力もないのに、その人たちが国家だと名乗っていることが、もう陳腐なのですよね。

(深田)
確か本当におっしゃる通りです。陳腐です。陳腐な官僚に、公(おおやけ)のことを任せてはいけないのですね。

(山本)
だから彼らは公ではないのです。

(深田)
本当の公というのは、私たちですよね。

(山本)
公の私的利用です。公という概念を私的に利用しているのです。

(深田)
本当にそう思います。

(山本)
それが今の官僚たちです。今日本は官僚国家で、政治家が馬鹿ばかりになったので、官僚たちが、自分たちがやってやろうと思っている。

(深田)
国鉄の民営化、郵政の民営化、全部公の私物化ですよね。

(山本)
そうです。全くおっしゃる通りです。

(深田)
本当に公共性の概念、この概念を私たち住民、日本に住んでいる人たち一人一人がしっかり持つことが、公共性を高めるその一歩になるのかなと思います。

(山本)
おっしゃり通りです。深田さんがやっておられることは非常に重要で、地元の人たちの声を深田さんは常に代弁しているのですよ。そういう役割をする人が、今どんどんいなくなってきているのですよね。

ただただ反対したり、国家になり変わって自分が発言したり、そういう人たちはたくさんいる。地域住民に成り変わってきちんと話をする人が今ほとんどいない。

(深田)
そうですね。

(山本)
もうゼロに近いですよ。

(深田)
私たちはこの大地から日本列島というこの土地から生まれてきたので、この土地で生まれ、この土地で育った人たちの声を広めていかないといけないと思うのです。私たちは外からの宣伝広告、これはジャーナリズムではなくただの宣伝広告であるのに、それに掻き消されそうになると思うのですよ。

彼らに公共を乗っとられてはいけない。私たちはこの地から生まれ、この地で育った人間が公を作っていく。それが公共性ということでよろしいでしょうか?

(山本)
全くその通り。深田さんはどこの出身ですか?

(深田)
私は、大阪で生まれて奈良で育ちました。大阪のど真ん中の中央区で生まれて、奈良の都で育ちました。

奈良はいろいろな遺跡や昔からのお寺があるのですよ。私は奈良の都を自転車で走りながら、この国の文明が発展したとは信じられなかったのです。奈良の都に残っているものの方がよほど立派で、よほど美しく、しかも自然と調和していて、誰もがあの建物をひと目見たいと行くのではないかと思いました。

今、奈良に新しくできたもので、その建物をわざわざ外国から見に行きたいと思う人いますか?私は子供の頃思いましたよ。商業施設を見にくる人いないわけですよ。どれだけお金かけて作ったのか知りませんが。

(山本)
だから、歴史的に見てもきちんと多くの国の人たちは自分たちで公共という概念を作ってきたのですよ。ジャン=ジャック・ルソーが作ったと思ったら大間違いです。もっとずっと前から人々は公共概念を自分で作ってきたのです。

例えばイタリアもギリシャもそうです。自分たちが作るという意識を持っているのは、むしろギリシャ、ローマの頃の人たちの方がはるかに強い。だから今でも彼らの文化は残っているのですよ。

(深田)
そうですよね。今回は、日本を代表する建築家の山本理顕先生に、公共性とは何か?公共建築とは何か?ということをご紹介いただきました。先生、どうもありがとうございました。

(山本)
ありがとうございました。

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