#525 ロシア経済はどうなる!?ウクライナ消耗戦のリアルとエネルギーを巡るトランプの影とは? 下斗米伸夫氏

(深田)
皆さん、こんにちは。政経プラットフォーム・プロデューサーの深田萌絵です。今回は、神奈川大学特別招聘教授の下斗米伸夫先生にお越しいただきました。下斗米先生、よろしくお願いいたします。

(下斗米)
よろしくお願いいたします。

(深田)
最近はあまり話題に上らなくなってきていますが、ロシアは現在どうなっているのでしょうか。よく「ロシア経済が逼迫している」と言う人もいますが、実際のところはどうなのか、お伺いしたいと思います。

(下斗米)
私は、この戦争の期間中にソチに2回行きました。そのうち1回は昨年11月で、ちょうどトランプ氏が選挙で勝つ直前にモスクワ大学で講演を行い、そのままソチに向かいました。
今年のウクライナの状況や、モスクワを含むロシアの様子については直接見聞したわけではありませんが、全体としては、比較的安定していると考えています。

ウクライナとロシアを敵視するNATO内部のグループからすれば「エネルギー資源がウクライナ戦争の源泉である」という認識があります。そこで今年は特に、ドローンによる製油所攻撃を、ウクライナ側がかなり系統的に行っています。もちろんロシア側も、消耗戦という形で、今年の冬に向けてエネルギーインフラを攻撃しており、双方がエネルギー資源を叩き合っている状況です。

しかし、消耗戦は体力差がものを言います。ロシアは国土が広く、製油所も各地に存在します。キーウ周辺の発電所などへの攻撃が比較的容易であることと比べると、ウクライナから遠いシベリア近辺やノヴォロシースクなど、キーウあるいはクリミア半島から離れた地域を攻撃しても、なかなか成果が上がっていないと言われています。

先日、ロシアとウクライナの専門家と、日本の研究者約20人とオンラインで討論しました。そのデータでは、ウクライナがロシアの製油所に与えた打撃を最も厳しめに見積もっても、「製油所の38%を叩いた」という数字が示されました。

しかし、巨大な製油所の空のタンクをドローンで攻撃しても意味はありません。各施設が実際にどのような状態にあるのかはすべて把握できているわけではありませんが、全体としては、ウクライナよりもロシアの方が、はるかに余裕があると、著名な経済学者やエネルギー問題の専門家も同じ見方を示しています。そのため、「ロシアのエネルギーを叩けばロシアが手を挙げる」というシナリオ通りにはならなかった。

アメリカ側は、今年10月末に、ロシアの石油会社2社を初めて経済制裁の対象にしました。

(深田)
そうなのですね。

(下斗米)
ロスネフチとルクオイルという、ロシアの石油会社の第1位と第2位の企業を対象に制裁をかけました。これは11月20日から発動されるはずですが、実際にどうなるかは、やってみなければ分かりません。

ルクオイルは、旧ソ連で初めて誕生した民間企業であり、アゼルバイジャンなどにも事業拠点があり、製油所もブルガリアなど各地に保有しています。そのため、そうした資産を売却する動きを見せているとも言われています。しかし、制裁をすると、むしろ西側、とりわけヨーロッパのエネルギー資源がなくなってしまいます。

制裁については、戦争が始まった当初、12月ごろだったと思いますが、1バレル60ドル以上の原油に対して制裁をかけました。その結果、何が起きたかというと、中国とインドがそこに入り込んだのです。

(深田)
いわゆる中抜きですよね。ロシアから仕入れて『転売ヤー』として他国に転売していたということですね。

(下斗米)
その通りです。今年に入ってからトランプ政権は、インドと中国からの輸入品に対しても100%の関税をかけると言っています。しかし、トランプ政権も痛し痒しで、中国と正面から関税戦争を行うことはできません。

インドについては、12月にプーチン大統領がインドを訪問する予定であり、インド側にも不都合が生じます。例えば、アメリカに拠点を持つ工場や企業体などにとっては、その関税をどのように回避するかという問題があります。今のところ関税措置は発動前であり、これから実施されるということですよね。

(深田)
トランプ大統領とプーチン大統領との関係性はどうなのでしょうか。トランプ大統領は「自分が大統領に就任したら、すぐにウクライナ戦争を終結させる」と述べ、その一環として、ウクライナとロシアに対し、ウクライナ東部の石油やガス、さらにレアメタルの採掘権を半分ずつ分け合うことを提案していたと言われています。その話はどうなっているのでしょうか?

(下斗米)
このレアメタル交渉は、昨年から今のウクライナのスビリデンコ首相が担ってきました。アメリカはバイデン政権の時期に、600億ドルを含む多額の支援をウクライナ向けに行い、それが相当な持ち出しになっているため「その支払いをレアメタルで行え」というのが、トランプ政権になってからの主張であり、その枠組みの下でレアメタル交渉が行われたわけです。

ただし、実際に戦争にいくらかかっているのかは、はっきりしない部分も多くあります。例えば、イーロン・マスク氏のスターリンクを使わなければウクライナは戦争を継続できませんが、その費用がどのような形で調達されているのか、本当に3,500億ドルも費用がかかっているのかは、よく分からない面があるのです。

確かにウクライナにはレアメタル資源があります。現在注目されているのは、ドンバスに近いポクロウシク周辺にある鉱床ですが、これまでの実績としては、おそらく100億ドル単位程度の収益しか上がっていないと見られており、そこからどこまで支払いに充てられるのかは疑問が残ります。

ウクライナ政府とトランプ政権の間で行われた交渉の記録は公開されておらず、どのような交渉が行われ、どのような条項になっているのかは、少なくとも現時点では明らかになっていません。したがって「レアメタルで全てをカバーできる」といった話は全くなく、おそらくはこの戦争の本筋とは言えない議論だろうと考えられます。

昨年11月、ヴァルダイ会議で、プーチン大統領はトランプ大統領が大統領選挙で勝利することを知った時に、非常に歓迎する姿勢を示しました。ロシア国内でも、米露がデタント(緊張緩和)に動くことへの期待が高まりました。

そこでは、これまでの戦争はバイデン氏の戦争であり、NATO東方拡大は、もともとアメリカの問題であるという理解があるのです。どういうことかといえば、この戦争が始まった原因には、アメリカの選挙制度の仕組みがあります。

アメリカの選挙は、民主党(青い州)と共和党(赤い州)が票を取り合いますが、最終的な勝敗を決めるのは、五大湖周辺のイリノイ、ペンシルベニア、ウィスコンシンなど、いわゆる激戦州・スウィングステートです。

そのうちアメリカ東部のペンシルベニアやオハイオなど製鉄業が集中している五大湖周辺にはスラブ系、特にロシア系・ウクライナ系の人々が多く住んでおり、その地域には正教会があります。これに対して、シカゴは、実は世界最大のポーランド人の町です。

(深田)
ポーランドですか?

(下斗米)
ポーランドの首都ワルシャワの人口は約170万人ですが、シカゴには約200万人のポーランド系カトリックが暮らしています。クリントン大統領が1996年にNATO東方拡大を始めた理由の一つは、もちろんネオコン系の中東政策ブレーンがけしかけたこともありますが、それだけではありません。あの地域には、ポーランド系カトリック票が約1,000万あり、その票を取り込むことが、この戦争が起きたアメリカ側の要因なのです。つまり、アメリカの内政問題なのです。

これを裏返すと、トランプ氏が何をしたのかが見えてきます。トランプ氏は「オハイオを制する者がアメリカを制する」と言い、現在の副大統領であるJ・D・ヴァンス氏を起用しました。彼はもともと民主党系でカトリック系の人物ですが、共和党に転じてオハイオをまとめ上げました。

カトリック票をめぐっては、前駐日アメリカ大使である元シカゴ市長(ラーム・エマニュエル氏)とぶつかり、最終的にはJ・D・ヴァンス氏が勝ちました。共和党はこの地域で黒人票やアラブ系票なども取り込んで圧勝を収めました。したがって、なぜ反戦派がトランプ支持であるのか、その政治的背景を説明することができるわけです。だから、これはアメリカの問題だということです。バイデンの戦争にこれほど金を取られているのだから、むしろ返してほしいという感情があるわけです。

(深田)
そうですよね。もともとドンバスで行われていたガス・油田の開発は、コロモイスキーとバイデンが組んで行っていた事業ですよね。

(下斗米)
そうです。ブリスマ社ではバイデン氏の息子のハンター・バイデン氏が関わり、お金儲けをしていたという経緯があります。そうしたことをあまり表に出したくないという事情も、おそらく民主党が戦争にあれほどコミットしてきた理由の一つでしょう。

逆にトランプ氏からすると、そうしたことは無駄なことであり、しかも負ける戦争であったという認識です。そのような流れの中で、今年8月15日にアラスカ州アンカレッジでプーチン・トランプ会談が行われたわけですが、ロシア側からすればアラスカというのは、もともと旧ロシア領だった地域なのです。

(深田)
そうなのですか?

(下斗米)
そうです。カリフォルニアの南の方には「セント・〇〇」といったカトリック的な地名が多く見られますが、これはメキシコ由来の歴史があるからです。一方、北の方にはロシアン・バレーといった名称が残っています。

明治維新の頃まで、ロシア人たちはアジアで日本を開国させるか、日本と交流するかという流れをつくる中で、逆にカリフォルニアまで進出していたのです。その一方で、明治維新の前後の時期にアラスカをアメリカに売り渡しました。

アラスカで会談を行うということは、北極海のエネルギー開発など、これからアメリカがそうした分野で生きていくという意味合いもあります。

現在、プーチンにとっては、アジアシフトが非常に重要です。石油やガスなどの資源は、もはやヨーロッパでは売れないので、中国やインド、インドネシア、ASEAN諸国、あるいはベトナムなども含め、アジア太平洋との結びつきを強めていく方向へ向かっています。

それで、今年9月3日には金正恩氏を引き連れて天安門まで行ったわけです。これについて「ちょっとしたショックだった」と受け止める人もいますが、実際のところ、中国とロシアが今後どこまでエネルギーなどの分野で協力していけるのかについては、さまざまな議論があります。

「シベリアの力2」というパイプラインを作り、ロシアと中国とのエネルギー協力の枠組みに関してサインされたと思いますが、実際にはこうした契約は細かい部分の詰めが重要で、そこまではまだ至っていません。

いずれにせよ、これまでドイツなどヨーロッパに供給しようとしていたエネルギー資源をアジアに振り向けるためのパイプラインなどが、今後はこちら側に出てくる。そこにトランプとプーチンが協力するインセンティブがあるのだろうと思います。

(深田)
なるほど。プーチン大統領とトランプ大統領の間で、エネルギー開発を進めていくということですね。

(下斗米)
そうですね。ですからアラスカ開発には、日本も80億ドルの投資をするという話でしたよね。

(深田)
そこを日本に負担させる。その一方で高市総理はウクライナ支援を明言されていて、そのあたりはトランプ大統領と少し歩調が合っていないのかな、という印象もあります。

(下斗米)
そうですね。トランプ政権の内部にも力学があります。ルビオ国務長官はカリフォルニア系ですから、中南米との関係が切り離せず、そちらの方が気になるわけです。これに対して、ベッセント財務長官は伝統的な超エリートですから、金融関係の安定が非常に重要になる。

そのような中で、トランプ・プーチン関係がどう位置付けられるかが焦点になります。先ほど触れたオハイオ選出のJ・D・ヴァンス氏は、対ロ関係をきちんと構築したいという考えを強く持っており、これからそうした方向で動いていくのではないか、というよりすでに動いています。

(深田)
ロシアもトランプ大統領といろいろ連携しながら動いているということですね。

(下斗米)
問題は、トランプ大統領は1週間ごとに言うことが変わるという点でしょうか。それほど世界が動いているというのが今の特色であり、世界地図が目まぐるしく変わるような状況にあります。

その背景には、これまでアメリカ、イギリスといったアングロサクソンが主導し『アメリカの世紀』と呼ばれてきた時代が終わりつつあるのです。中国、インド、中東イスラム世界もアフリカも、さらに私はカトリック教徒圏も含めたいと思いますが、おおよそ十数億単位の人口を抱える塊がいくつも存在しているという現実があります。

(深田)
そうですよね。

(下斗米)
これまでのように世界人口の1割程度に過ぎないG7が世界を取り仕切っていた時代は、すでに終わり、今やダイナミックな多元的・多極的世界になっているのです。

その中でも、プーチンは人気があり、国内の支持も厚い。今回の戦争についても、ロシア人からすれば「祖国を守った」という評価になるため、国内の支持は落ちていません。

私はこの戦争が始まった時に「バイデン氏とゼレンスキー氏とプーチン氏の負け比べの戦争になるだろう」という言い方をしましたが、その意味では状況はかなりはっきりしてきています。バイデン氏はすでに過去の人と見られ、ゼレンスキー氏はこのところずっと負け続けている状況です。一方でプーチン氏は、今も比較的さまざまな場に姿を見せ、多くのことを語っています。

もう一つ、彼の国内基盤を考えると、彼はこの25年間、自分の仲間たちの首をあまり切らないという特徴があります。ゼレンスキー氏は、かつての親分であったコロモイスキー氏を切り離し、逮捕したり獄中に送ったりするなど、人事が点々と変わるのですが、プーチン氏のロシアは人事が非常に安定しています。

1999年にエリツィン氏の後継と目されるようになった時、彼を支えたのが非常事態相のショイグ氏で、そのショイグ氏が国防大臣になりました。今回、トランプ氏の大統領就任に合わせるかのように、ベロウソフという経済学者を国防大臣に任命しました。安全保障担当としてアジアを所管するような立場になっています。

昨日今日の話として「ショイグ暗殺計画」があったようですが、ロシア側がそれを阻止したということです。残念ながら、ウクライナ側には要人暗殺を行う傾向があり、その過程で数人の犠牲者が出ています。良い意味でも悪い意味でも、かつての仲間を切り捨てないというのがプーチン流の人事なのです。

(深田)
なるほど。

(下斗米)
今、非常に微妙なポジションにいるのは、外務大臣のラブロフ氏です。彼は2000年代初めにイワノフ氏の後任として外相に就任し、20年近くその職にあります。本人としては、そろそろ辞めたいという意向をプーチン氏に伝えたとも言われています。

(深田)
もうご高齢ですものね。

(下斗米)
戦争が始まって辞められなくなり、さらにトランプ・プーチン関係が動き始めると、外交は外務省と国務省の正式ルートではなく、ウィトコフ氏とドミトリエフ氏といった投資ファンド同士の話し合いなど、別のチャンネルで進むようになりました。その結果、外務大臣の役割は相対的には減っているわけです。しかし、良いのか悪いのかは別としてあまり人事を変えません。

(深田)
良し悪しは別として、プーチン政権は非常に安定しているということですね。

(下斗米)
一つだけ例外があるとすれば、コザク氏です。彼はウクライナとの関係を、当初から比較的妥協的に処理しようと、秘密チャンネルで交渉を続けてきた人物ですが、つい最近、大統領府副長官を辞任しました。辞めさせる必要もなく、そもそもここ数年はウクライナ問題を担当しておらず、バックチャンネルでもありませんでした。そのようなことはありますが、それ以外を除けば、ロシア政権は比較的安定しています。

(深田)
大統領選挙を1年以上素っ飛ばしてしまい、これからどうなるか分からないゼレンスキー政権と比べるとプーチン政権は非常に安定している。このままトランプ大統領とうまくやっていくのではないかという兆しが見えている。そういう流れだということですね。

今回は神奈川大学特別招聘教授の下斗米伸夫先生にご解説いただきました。先生、どうもありがとうございました。

(下斗米)
どうもありがとうございました。

Visited 8 times, 1 visit(s) today

おすすめ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です