#608 高市政権の裏切り?竹島の日「閣僚出席見送り」の裏側。妥協を許さない日韓外交の真実とは? 宇山卓栄(2026.2.22)
(深田)
みなさん、こんにちは。政経プラットフォーム・プロデューサーの深田萌絵です。今回は作家の宇山卓栄先生にお越しいただきました。宇山先生、よろしくお願いいたします。
(宇山)
よろしくお願いいたします。
(深田)
今回の衆院選では高市さんが圧勝し、保守派にとっては万々歳の結果となりました。しかし、まもなく竹島の日が近づく中で、高市さんが記念式典に閣僚を派遣しないのではないかということになり、インターネット上では大きな反応が起きていますが、どうなんですか?
(宇山)
はい、今、大問題になっています。もともと高市さんは、竹島の日の記念式典に閣僚を出すとおっしゃっていたわけです。
(深田)
竹島の日は2月22日ですよね。
(宇山)
そうです。2月22日に島根県松江市で記念式典が開催されますが、そこに「必ず閣僚を送る」と従前からおっしゃっていました。ところが実際には、派遣を見送る、すなわち送らないとの表明がなされたのですが、なぜなのかということです。
本来の高市さんの立場からすれば、明確に閣僚を派遣すべきところを見送ったわけです。その理由は、今の李在明大統領との間で進められているシャトル外交です。実際、良好な関係が築かれているでしょう。つい先般も奈良に李在明大統領を招き、共にドラムを叩くというパフォーマンスがありました。こうした動きから、日韓関係を円滑に進めたいとの思惑があり、そのため韓国側に配慮を示したのではないかと指摘されているのです。
(深田)
高市さんは、そういうこともできるのですね。
(宇山)
はい。妥協するところは妥協する。それはそれでいいとは思うのだけれども「この件でこんな妥協したらだめだ」というのが私の結論です。
(深田)
妥協はだめですか?
(宇山)
絶対にだめです。こういう領土問題に関わるようなところで弱腰を見せると、特に相手は韓国ですからね。必ず付け上がってきます。いったい何をしているのかということです。
(深田)
高市さんには賛否両論があって、私は結構高市さん批判しているのですが、それでも高市さんは素晴らしいことおっしゃっていることがあるとよく思うのです。しかし、消費税減税の検討も「よくぞ言ってくれた」と思ったら、そのまま立ち消えになりそうな雰囲気になりました。竹島の日の閣僚派遣についても高市さんの領土問題の取り組みは素晴らしいと思っていたら、いつもの自民党に戻っているのです。
(宇山)
悪い癖ですね。私も、高市さんのことはやはり是々非々なのです。いいと思うところもあれば、腰砕けで「全然だめな方向に行っているじゃないか」というところもすでにたくさん見ております。
実は高市さんは韓国から招待を受けて3月に訪問する予定だったけれども、3月はアメリカでトランプ大統領との会談を控えており、訪韓が3月から5月ぐらいになったという話もあるわけです。
ただ、日程は未定なのですが、近い将来、李在明氏に呼ばれて韓国に行くことはどうやら事実のようですね。ただ、私はこの李在明のような大統領を相手にしてはならないと思っているのですよ。
(深田)
そうなんですか?
(宇山)
はい。まず彼は前科4犯です。
(深田)
前科4犯なのですか?
(宇山)
汚職で有罪判決を受け、前科者になっているのです。そして何より問題なのは、李在明大統領が従北勢力の大統領であるということです。従北とは北朝鮮に従うという意味です。
(深田)
北朝鮮寄りということですね。
(宇山)
そうです。北朝鮮寄りであると申し上げる根拠は、韓国の諜報機関にあります。韓国には国情院と呼ばれるインテリジェンス機関があります。前身は朴正煕が設立したKCIA(韓国中央情報部、Korea Central Intelligence Agency)で、その後、国家安全企画部を経て、金大中政権で国家情報院となり、今は略して国情院と呼ばれています。
今、そのトップに就いているのが李鍾奭(イ・ジョンソク)という人物です。この人は金大中政権時代から太陽政策、すなわち北朝鮮懐柔政策を指揮してきた実務者です。つまり、北朝鮮と強いパイプを持つ李鍾奭が、対外防諜の情報機関のトップに就くということは、諜報機関を北朝鮮に譲り渡すことと同じなのですよ。だから、北朝鮮が韓国でスパイ活動をどんどん行っても構わないということです。
(深田)
金大中は、そもそも北側の人物ではないか、いわゆる「クリスマスの奇跡」で、北から命からがら韓国へ逃れてきたとい言われています。そのため、金大中が北側の人間ではないかということは韓国でも結構言われていましたものね。
(宇山)
確かに、金大中という人物は、北朝鮮とグルになって、国を殺めていったと考えています。そして、その系譜に今の李在明政権があると見ています。尹錫悦政権の前の文在寅政権も、北朝鮮が作り出した政権なのですね。
李在明政権もまた、その系譜の中にあるので、このような政権と一緒に物事を進めると大変なことになるのですよ。例えば日本が持っている情報が、全て北朝鮮に筒抜けになります。さらに北朝鮮から中国へと抜け状態になっていきます。
日本は今韓国とGSOMIA(General Security of Information Agreement)という軍事情報包括保護協定を結んでおりますが、このルートから、中国に情報が“ダダ漏れ”になっているわけですよ。だから、こんな李在明のような人間とドラムを一緒に叩いてる場合じゃないんですよ。
(深田)
本人を叩けと(笑)。
(宇山)
そうです。本当はこんなやつは叩き出さないといけないわけですよ。李在明大統領だけではないのですよ。保守派の尹錫悦前大統領ですね。今日、無期懲役の判決が出ました。従北勢力と戦うなどと言っていましたけれど、所詮韓国の大統領なのですよ。韓国のやることは全部従北の影響下にあるという点では、尹錫悦であろうが、李在明であろうが一緒なのですけれども「とにかく韓国という国を相手にするな」というのが、私の従来の持論なのですよ。
(深田)
トランプ大統領と高市さんは北朝鮮訪問を考えていますよね。その準備の前段階として韓国とも仲良くする。そうでないと北朝鮮には訪問できないというような考えもあるんじゃないんですか?
(宇山)
それはあると思います。やはり手順を踏んで、拉致問題の本体である北朝鮮への韓国の影響力は無視できないという思惑もあるかもしれないけれども、それとこれとは私はやはり別だと思うのですよね。
やはり北朝鮮を動かしていくためには第一義的にアメリカと協調していかなければなりません。それで、韓国の言うことを北朝鮮が聞いてくれるのかというと、何も聞かないわけですよね。そこの影響力はないとは言いませんけれども、非常に限定的なものであります。
だとするならばここは、竹島の日に関しても領土問題を強く主張していくということです。「竹島は日本の固有の領土なんだから、竹島を不法占拠するのをやめなさい」としっかりと言うのです。
そしてこの記念式典にも閣僚が出る。高市さん自らが出ても悪くないぐらいなのです。シャトル外交を進めているからこそ、言うべきことは言う姿勢が必要だと思うのです。
(深田)
台湾に関しては「中国が干渉するのであれば日本が介入する」とはっきり言っているのであれば、自分の国の領土は「もっとはっきりさせろよ」となりますよね。
(宇山)
そうなんですよ。台湾であそこまで、強硬なことが言えたのだから、自分の国の領土について強硬なことが言えず、閣僚がどうのこうのと言い出すのは、私は解せないわけなのですね。さらに、この5月か6月、いつなるかまだ分かりませんけれども、高市さんは、韓国から招待されているのですね。どこで会談をするかというと慶尚北道の安東(アンドン)市というところです。実は、ここが、曰くつきの場所なのですよ。
(深田)
どのような曰くでしょうか?
(宇山)
高市さんが自分の故郷の奈良に李在明を招いたことに対する返礼として、李在明の故郷である安東市に招くことになったのです。しかし安東市には、かつて17世紀、18世紀に勢道政治を行った安東金(アンドンキム)氏という有力一族の本拠地がありました。勢道政治とは、特定の一族が権力を独占し、民衆を苦しめた閥族政治を指します。その象徴的存在が安東金氏でした。
安東市は朝鮮史の中でも非常に暗い闇を抱えるような場所なのです。洪景来の乱も起こったことがあった。そんなところに日本の首相を行かせていいのかという問題がまずあるわけですよ。
普通ならば全く別の場所をお願いすることを外務省が言ってしかるべきなのだけれども、結局、外務省の考えは日本がアメリカと協調していくと同時に、アメリカはこの韓国とも協調して、極東の安定を図っていく。
だから、日本と韓国が仲違いをしている状態では、アメリカがやはり動きが取れなくなるわけです。アメリカは常に、日韓が仲良くしてくれることを望んで様々な圧力を外務省にもかけてくるわけなのですね。そういう構造になっているのです。ですから外務省もそっくりそのまま従って、韓国の要請については断れません。仲良くやってきますと妥協の構造にさせられているのですよ。
(深田)
今までの自民党となんか変わりましたかね?
(宇山)
全然変わってないんですよ。
(深田)
そうなりますよね。
(宇山)
外務省が全て仕切るでしょう。ロシア・ウクライナの問題もそうじゃないですか。結局外務省のアメリカンスクールが「ウクライナを助けることが正義なんです」と高市さんもそちら引っ張られているわけですよ。
何事もアメリカ様の言う通りというような形で全てが動いている。中国については確かに局面が少し変わりました。今までは媚中・親中議員がはびこっていたので、中国様の言う通りに外務省も従っていた部分があるのだけれども、今はそれに変わって、アメリカ様の言う通りとなっていってはいませんか?大丈夫ですか?
(深田)
防衛費を増やして「何でも買いますよ」という方向に向かっていますよね。
(宇山)
だからそれが良くないのではないですか。韓国にも物もが言えないようであればで、それは全くおかしなことですよ。今日は20日ですけれども、まだ遅くないので22日にしっかりと閣僚を派遣することを土壇場で決めてほしいと、私は思います。はっきり「不法占拠は認めない」と表明をしていくべきだと思います。
(深田)
そうですよね。台湾に関してはあれだけはっきりとした姿勢を見せたのですから、自国の領土についても明確な態度を表明してもらいたいというのが、日本国民として当然の願いですよね。
(宇山)
当然です。政権が本格的に発足したばかりですから、ここで日和ってはならない、踏ん張り所だと思います。それから、もう一つ竹島の歴史について申し上げたいと思います。
(深田)
韓国はいつから竹島を自国の領土だと主張し始めたのですか?
(宇山)
そこのところを歴史に振り返ってお話をいたします。1952年に、当時の李承晩(イ・スンマン)大統領がいわゆる「李承晩ライン」と呼ばれる竹島を韓国側から見て内側に囲むラインを引くわけなのです。「このラインの内側に入った日本の漁船などは全て逮捕するぞ」いうことで、多くの漁船が拿捕されたわけです。
実は、このラインの外側で漁業をしていた日本の漁船も容赦なく拿捕されて、捕らえられてしまった経緯があります。昭和41年の海上保安白書には、その統計が記載されており、韓国に拿捕された日本の漁船は実に327隻にのぼります。
(深田)
かなり多いですね。
(宇山)
さらに、乗組員の漁師の方々は3911人です。
(深田)
そんなに捕らえられたのですか?
(宇山)
捕らえられました。監禁され、牢獄に入れられました。
(深田)
それは大変なですね。
(宇山)
もう殴る、蹴ると、滅茶苦茶な暴行を受けまして、8人が亡くなっています。約4000人もの方々が滅茶苦茶な扱いを受けて不法に拘束され、10年以上抑留されていたわけです。
(深田)
いや、それはひどいですね。
(宇山)
1965年の日韓基本合意後に、これらの人々が返されるわけなのですけれども、すでにこの人たちは、精神に異常をきたしていたのです。それはもう殴る、蹴る、そしてご飯もろくに食べさせてもらえないような状況だったので、植物人間の状態になり、話しかけても何も答えないような方々が少なくなかったらしいのですね。それを見かねた奥様が自殺をするというようなケースも続発をしたようなのです。
このような大変な悲劇の歴史が我が国の竹島と韓国との間にあるにもかかわらず、日本側が正式な賠償を求めていないのですよ。
(深田)
私はその話を初めて知りました。そもそも日本の領海なのですよね?
(宇山)
そうです。
(深田)
日本の領海で、外国籍の船に自国の漁船を平然と拿捕される。それも、ちょっとしっかりしてほしいですね。
(宇山)
そうなんですよ。無茶苦茶ですよね。ただ当時は日本が戦後すぐということもあり、ようやくサンフランシスコ講和条約で主権を回復していく最中でした。その主権を回復する直前に李承晩はこういう暴挙に出て、日本の排他的経済水域に一方的に線を引いて「ここは俺たちの領土だ」と、こういうことをやったわけです。しかし、日本はサンフランシスコ条約で「竹島を韓国にお返しします」などとは一言も言ってないわけです。
(深田)
そうですね。そもそもポツダム宣言受諾の時に「日本列島の周りの小さな島は日本のものです」となっていますよね。
(宇山)
講和条約では済州島、鬱陵島、巨文島の三島を韓国に引き渡すことになりましたが、竹島はその中に入っていません。
(深田)
入っていませんね。
(宇山)
入っていないということは引き続き日本領土であるということがサンフランシス講話条約で法的に決められているということです。にもかわらず、韓国が一方的に線を引いて「これは俺たちのものだ」とやったわけです。のみならず、そこに入っていない船も含めて捕まえて韓国に連行して、滅茶苦茶な暴行をしたのです。
実はこの時の手記が残っていて、それによると「どうしてあなた方韓国人は私たちをこんなひどい目に合わせるのですか?」と聞いたのです。すると韓国の番兵が「戦前にお前たち日本人は、俺たち韓国人をひどい目に合わせた。だからお前たちを徹底的に痛めつけるんだ」と答えたそうです。
日本が韓国をひどい目に合わせた事実はないのですよ。しかし、李承晩の時代ですからそういう教育を受けて、もう滅茶苦茶な扱いを受けたという経緯なのですね。
この竹島を日本側が領有し始めるのかというが非常に重要なのですけれども、これは1618年からで、江戸時代です
(深田)
随分前ですね。
(宇山)
徳川秀忠の時代から日本の統治権は竹島に及んでいました。行政権も及んでいたという歴史的事実があります。1618年以降、竹島付近での漁業を徳川幕府が認め、竹島を漁師たちの寄港地とするなど、江戸幕府の統治権が及んでいることが文書に残されているのです。その後、1905年には明治政府が閣議決定を行い、島根県隠岐の島の管轄区域とする行政措置も取りました。
これに対して韓国側は、この1905年の決定は無効だと言うのです。なぜなら「1905年は第2次日韓協約が締結をされて、韓国の外交権が奪われて抗議することができなかった。帝国主義によって取られたのだ」というのが韓国側の主張なのです。
(深田)
日韓併合は1910年ではないですか?
(宇山)
そうです。1910年です。1905年の日韓協約は一次・二次・三次と段階を経て、最終的に1910年の日韓併合に至ります。1905年の段階では外交権は制限されていたものの、国家はは存続し、その国が「そのこんなことは不当だ」と表明しようと思えば表明できたのですが、何の表明もなかったわけです。
さらに、1905年の日韓協約がどうのこうのという以前に、先ほどから言うようにもう江戸時代の1618年には行政権を及ぼしていたわけです。これに対して李氏朝鮮側は300年間何にもケチをつけるということはなかったわけですよ。竹島を日本側の領土として認めていたのですよ。
それが、李承晩の時代に入った1952年以降、いきなり「これは俺たちのものだ」と言い始めて、今日まで不法占拠ということにずっと相なっているということです。
(深田)
やはり国家が弱いとだめですね。警備するだけの船は持っておかないと放っておいたら取られてしまうことになりますよね。
(宇山)
そういうことなんですよ。結局戦後の混乱の中で、韓国が隙をついてやりたい放題で、日本はやられてしまったということなんですね。
(深田)
しかし今こそ高市さんはあれだけ保守派の方から支持を得てきたので、竹島の日に閣僚を送ってほしいですね。今からでも遅くないです。
(宇山)
そうです。こういうところでこそ、強硬な姿勢で臨まなければなりません。
(深田)
今回は宇山卓栄先生に、竹島の日に高市早苗さんがなぜ閣僚を送り込まなかったのかということについてお話を伺いました。先生、ありがとうございました。
(宇山)
ありがとうございました。





