#521 【衝撃の体験談】朝鮮総連「洗脳」合宿で見た、個人崇拝と主体思想の恐怖 浅川晃広氏

(深田)
みなさん、こんにちは。政経プラットフォーム・プロデューサーの深田萌絵です。
今回は、外国人問題に詳しい行政書士の浅川晃広先生にお越しいただきました。先生、よろしくお願いいたします。

(浅川)
よろしくお願いします。

(深田)
先生は、もともと在日韓国人として日本にお住まいでしたが「在日でいると、特権がある」と言われている中で、帰化をして在日を辞めた理由は何かあるのでしょうか?

(浅川)
最も大きなきっかけは、大学を卒業して大学院に進学した時、ありがたいことに1年間、オーストラリアへの交換留学の機会をいただいたことでした。私にとって観光以外で初めて外国に滞在する経験でした。


大学からは「現地に到着したら大使館に在留届を出すように」と指導されていたため「分かりました」と返事をして、日本大使館に郵送したのです。その後、大使館から電話で「あなたは外国人なので受理できません。申し訳ないですね」と言われたのです。考えてみれば当然で、日本の在外公館は日本国民を保護するための機関です。私は日本国民ではなく「対象外だ」と言われ、そこでハッと気づいて「そういえばその通りだ」と思いました。

日本に住んでいると、選挙に行けないことを除けば、日本語を母語とし、普通に教育を受け、普通に生活をしていました。しかし、海外に出ると「日本国民ではない」という現実に突きつけられました。もしオーストラリアで有事が起き、私が「助けてください」と日本大使館に駆け込んでも、日本大使館は助けてくれません。韓国大使館に行っても、私は韓国語ができません。

(深田)
あ、韓国語はできないのですか?何年生まれですか?

(浅川)
1974年です。

(深田)
74年生まれ。私は78年生まれですが、大阪の学校などでは周囲の帰化した友人たちがクラスに複数いました。韓国語はまるで喋れない人がほとんどで「おばあちゃんが何を言っているのか分からない」と言っていました。

(浅川)
自分で勉強するか朝鮮学校に通うかしない限り、普通はできませんし、できる必要もありません。そもそも私は日本で生まれ育って、韓国から来たわけではないのです。日本で生まれ育ち、日本語が母語であり、国籍国の言語もできず、それでも外国人であるという状況は、海外に出て初めて大きなデメリットとして実感しました。

自分が海外に行って、英語環境に放り込まれるわけです。私は英語にある程度自信がありましたが、実際には授業の内容が全く理解できず、母語でない環境に置かれると非常にフラストレーションが溜まりました。また、母語環境がどれほどありがたいのかも実感しました。

私の母語は日本語であり、日本で生まれ育った。しかし法的には外国人であるという状態は相当に異常で、本来あるべき姿ではないのだと感じました。

アメリカであれば出生地主義で、移民の2世はアメリカ国籍を取得します。もし私がアメリカで生まれていれば、当然アメリカ国民だったはずです。つまり、これだけ日本に強く結びついているにもかかわらず、国籍だけが外国人であるという状況は、かなりの異常事態ではないかと、オーストラリアに留学してよくわかったのです。

(深田)
それがきっかけで、日本国籍への帰化を選択されたのですね。

(浅川)
留学から帰国後、さまざまな準備を進め、帰化申請が受理され、許可が下りました。

(深田)
在日韓国人の方が帰化する場合、手続きは簡単なのでしょうか?

(浅川)
煩雑だったのは、本国の戸籍を取得する作業でした。書類の量も確かに多いのですが、本国から取り寄せるもの以外は日本の役所で揃うので、大変でも、簡単でもなかった。そういった印象です。

(深田)
では、ご自身の書類を取得するために韓国へ渡られたのですか?

(浅川)
いえ、そこは民団(在日本大韓民国民団)に手数料を払えば代行してくれます。

(深田)
その部分は民団が代行してくれるのですね。では、民団と朝鮮総連(在日本朝鮮人総聯合会)の関係はどうなっているのでしょうか?

(浅川)
その世界から離れて長いので詳細は分かりません。ただ、前に申し上げたように、そもそも特別永住者の人数自体が減っているので、どちらの組織も縮小していく要素しかないのではないかという印象を持っています。

(深田)
留学された時、北朝鮮系の朝鮮総連の傘下団体から勧誘を受けたという記事もありました。

(浅川)
それは大学院に入る前で、大学生の時のことです。

(深田)
その時はどのような経験をされたのですか?

(浅川)
今思い返しても本当に興味深い経験でした。大阪に朝鮮総連の研修施設があり、大学2年生の時に1か月ほど、そこで合宿に行きました。「金日成が何とか」などの内容を学ぶ、いわば強化合宿のようなものでした。

(深田)
その教育は日本語で行われるのですか、韓国語で行われるのですか。

(浅川)
日本語で行われていました。

(深田)
そうなのですね。在日韓国人の方に対しても、朝鮮総連系列の団体がそのような教育を行うのですか?

(浅川)
その団体は留学同(在日本朝鮮留学生同盟)といって、日本の大学に通う在日コリアン学生の組織です。幹部養成講座のような位置づけでした。しつこく「来い、来い」と誘われ、では行ってみようかという気持ちで参加しました。

(深田)
その合宿はお金がかかるのですか?

(浅川)
費用を払った記憶はないですね。朝鮮総連は合宿所を所有しており、そこで1か月泊まり込みで教育を受けました。

(深田)
1か月たつと、気が付いたら「金日成マンセー(万歳)!」となってしまうのですか?

(浅川)
彼らの目的はそこにあります。内容としてはチュチェ(主体)思想を学ぶわけです。チュチェ思想とは何かというと、結局のところ、個人崇拝の思想で「人間は自主性・創造性・意識性を持っている」というものです。この部分だけを聞くと良い思想のように思えますが「人間がその自主性・創造性・意識性を最も花開かせるのは首領の領導を受けた時だけだ」と説くのです。つまり、金日成や金正日、金正恩による指導体制を裏付けするための思想です。要約すれば「人民大衆は首領の指導を受けることで幸福になります」ということです。

(深田)
その合宿には1か月きちんと通われたのですか?

(浅川)
ええ、講義はすべて聞いていました。

(深田)
真面目な方なのですね。

(浅川)
私は「ふざけるな!何で俺がお前の指導を受けて生きていかなければならないんだよ!?」と思いました。

日本国憲法13条には「すべての国民は個人として尊重される」という、非常に素晴らしい条文があります。私は一個人として基本的人権を持っている。しかし北朝鮮の体系では「人民大衆は偉大なる首領様の指導を受けて初めて幸福になれる」となっているのですね。

憲法13条には幸福追求権が明記されていて「それぞれが自らの幸福を追求する権利がある」という素晴らしい条文だと思います。しかし、彼らの思想は「幸福は首領様が追求してくれるから、あなたたちはそれに従いなさい」という考え方なのです。

「私は私だ。なぜお前の指導を受けないといけないのか?ふざけるな!」と思って、私はそこを辞めました。

(深田)
そこで洗脳されてしまう在日韓国人の方もいらっしゃったのですか?

(浅川)
いました。そちらの方が楽なのです。当時の私は相当な心理的プレッシャーを抱えていました。今振り返っても「よくぞ洗脳に耐えた」と当時の自分を褒めたいのです

(深田)
私も褒めてあげます(笑)。でも、そういう手法は、カルト宗教の勧誘みたいですよね。

(浅川)
そうですね。上から強く押し付けるというより、気付けば「金日成マンセー!」のような状態になっている。非常に高度なテクニックです。ふわっと誘導され、いつの間にかそうなっていて、よく洗練されていると感じました。

(深田)
今の日本も同じですよね。メディアがこの人を次の首相に推そうと決めると、ふわっと「賛成!」という雰囲気にだんだんなっていくのですよ。あまり反対の意見も出てこずに、誘導されていく。その辺りは基本的に同じなのかなと思います。

(浅川)
当時はスマートフォンや携帯電話もない時代でしたから、情報から隔離されてしまうのです。そこも当時としては厳しいものでした。

(深田)
そうなのですね。では、朝鮮総連からはそうしたアプローチがあったけれど、民団でもそのようなことはあるのですか?

(浅川)
韓国系の学生団体や青年団体にも関わっていたことがありますが、そちらはそちらでまた雰囲気が違っていました。ただ、いずれにしても、日本で在日コリアン、在日韓国人、朝鮮人といった立場を強く堅持すること自体、北か南のどちらに向いているかは別として、どこか不自然なのではないかと気づいたのです。

そのため、大学生の時に一度「帰化しようかな」と思い、法務局にも行きました。しかし書類が多く「面倒だ」と放置していました。その後大学院に進学し、オーストラリアに行った時に外国人のままでいることに「これはもう絶対にあかんわ」と痛感したのです。

朝鮮総連との関わりと海外に出たことの二つの経験が私の帰化にあたっての非常に大きなきっかけでした。

(深田)
そうなのですね。外国での経験に加え、日本で生まれ育ち、母語は日本語で、韓国語は分からない。万が一海外で何か起きても韓国大使館に相談するには言語的にハードルが高い。そして朝鮮総連は危険な団体である。そのような経験を踏まえて、日本国籍を取得されたということなのですね。

在日の方の中には、以前、メディアに出演して「日本に無理やり連れてこられた」「日本がいかにひどい国か」といった趣旨の発言をする人が多くいました。あのような人にも違和感を覚えておられたということなのですね?

(浅川)
そうです。いわゆる在日の問題に限らず、さまざまな場面に通じることですが、被害者性を過度に強調して「自分は被害者なのだから補償されて当然だ」「特権的地位を与えられて当然だ」と主張する姿勢が、私は本当に大嫌いなのです。

これは外国人問題に限らず、様々な場面でそういう言い方があります。私はそうした被害者意識を強調する人が苦手ですし、自分自身も絶対にそのようなことを言ってはいけないと、昔から思っていました。

(深田)
そうした考え方には、ご両親の影響があるのでしょうか?

(浅川)
高校1年生の時に父を亡くし、母子家庭になりました。私は74年生まれで、いわゆる団塊ジュニア世代、日本で最も人口が多い年代と言われています。今で言う『大学全入時代』からは信じられないほど、受験戦争が激しい時代でした。

母子家庭なので、私立大学は授業料が高いため到底無理でした。一人暮らしも経済的に無理なので、そうなると、自宅から通える国公立大学しか選択肢がなかったのです。それで焦点をしぼり、国公立大学に進学しました。

当時は、四の五の言っている場合ではなく、自分が頑張るしかありません。「自分はかわいそうだ」と言えば、誰かが「父親がいないのでかわいそうだね」と言ってくれるかもしれない。しかし、現実は何も変わらないのです。

「自分は被害者だ」「かわいそうだ」と言い続けても、自分は全く上昇しないのです。そういうことを口にする暇があるのなら、自分が頑張ってステップアップした方が、人生が有意義になるのではないのかということを、当時の経験から学びました。

(深田)
そうした体験が「自分は被害者だから特権を得るべきだ」という人とは違う考え方になったということですね。

(浅川)
その通りです。

(深田)
今日はとても良いお話を伺うことができ、本当に良かったです。今回は、外国人問題に詳しい行政書士の浅川晃広先生にお越しいただきました。先生、本日はありがとうございました。

(浅川)
ありがとうございました。

Visited 5 times, 3 visit(s) today

おすすめ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です