#427 もうタブーなし!今こそ憲法と天皇について語ろう。 大西つねき氏×深⽥萌絵
(深田)
皆さん、こんにちは。政経プラットフォーム・プロデューサーの深田萌絵です。
今回は、無所属連合共同代表の大西つねきさんをお迎えいたしました。大西さん、よろしくお願いします。
(大西)
よろしくお願いします。
(深田)
前回は憲法論について、その冒頭部分に少しだけ触れていただきましたが、実際にはこの憲法改正の議論は、選挙においてたびたび主要なテーマとして取り上げられています。大西さんは、この憲法改正論についてどのようにお考えでしょうか。
(大西)
私は、現在の日本国憲法は非常に優れた憲法であると考えています。「押し付けられたかどうか」という議論には、あまり意味がないと思っています。重要なのは、そこに何が書かれているか、そしてどのような理念が込められているか、という点です。
実際に読んでみると、個人の自由や人権にここまで配慮した内容の憲法を、今の日本人が自ら書くことは非常に難しいのではないかと感じます。正直なところ、自力でこのような憲法を起草するのは不可能に近いのではないか、という印象を持っています。
(深田)
私も同様の印象を受けました。現行憲法は「GHQによる押し付けであり、わずか2週間の突貫工事で作られたものだ」といった言説もありますが、実際に読んでみると、到底2週間で書かれたものとは思えません。むしろ、何十年にもわたって自由思想を探究してきた多くの人々が、議論を重ねて練り上げたものでなければ、これほどまでに完成度の高い内容にはならないと感じました。
(大西)
おそらく当時、世界の最先端とされる理想的な憲法の内容を、日本に一気に注入したのだと思います。言い換えれば、それを“インストールした”という表現が近いかもしれません。人権や自由といった概念を基盤にした、極めて先進的な憲法を、新生日本に適用してみるという、ある種の実験的な取り組みだった可能性もあると感じています。
(深田)
確かにそのように思われますね。戦前の日本には、言論の自由、表現の自由、思想や信教の自由、さらには政治結社の自由といったものは存在していませんでした。人権という概念そのものも、制度としては未成熟でしたし、公務員による拷問や、「お前はスパイだ」といった一方的な弾圧も行われていました。そうした被害の記憶を踏まえ、今度こそ国家権力に対して制限を加える仕組みを構築しようとした形跡が、憲法に刻まれているのではないかと考えます。
(大西)
まさにその通りだと思います。私はむしろ、「押し付け憲法だった」という事実こそが、結果的に功を奏したのではないかと思っています。もちろん、日本側からの提案もあったのでしょうが、やはり当時の国際社会の最先端にあった人権思想が、戦後日本に導入されたという点に価値があると感じます。それが意図的な実験であったのか、あるいは日本を抑え込むための措置であったのかは定かではありませんが、少なくともその内容は、日本が再び戦争を起こさないようにという強い抑制をかけつつ、人々に自由を与える、個人の尊厳を解放する方向へと導くものであったと私は読み取っています。
(深田)
そうですね。だからこそ、憲法において個人の権利が非常に強く保障されている点に、私は大きな意義を感じています。自分自身、言論の自由という権利を、この憲法のもとで十分に享受していると実感しています。
(大西)
おそらく、当時のGHQ、あるいは連合国側は、日本という国家がなぜ全体主義や軍国主義に傾倒したのかについて、相当に綿密な分析を行ったのだと思います。そして、その分析の中で、「天皇主権が最大の問題である」との結論に至ったため、現行憲法の第一条に、「天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と明記されたのではないでしょうか。この第一条は、戦後の日本が新たな国家として再出発するにあたり、根本的な方針転換を示すための重要な起点として位置づけられているのだと思います。
(深田)
たしかに、そうした観点からご指摘いただくと、より深い理解が得られますね。
(大西)
だからこそ、憲法第一条において最初に手を加えられたのだと思います。当時、連合国側が認識していたこの国の病理の根本には、「天皇主権」という体制があったという理解があったからです。この条文は極めて重要な意味を持っているのですが、残念ながら多くの日本人にはその意義が十分に理解されていないように思います。
(深田)
おっしゃる通りです。私自身も、正直に申し上げてあまり深く理解できていませんでした。
(大西)
明治憲法下では、主権は天皇にあり、国民は「臣民」として位置づけられていました。その構造は、連合国の目から見れば明らかに独裁国家であり、国民主権とは真逆の体制と映ったことでしょう。もちろん、ヒトラーとの違いはあります。彼は選挙によって選ばれた独裁者ですが、天皇制の場合は世襲によって、継続的にその地位にあり続ける存在です。構造的に見れば、主権者は天皇であり、国民はその家来。家来たちはその主君のために命をかけて戦うという構図になります。このような体制を、連合国は国家の根本にある重大な病理として捉えたのだと思います。
そこで、戦後憲法ではそれを根本から転換し、主権を国民に移しました。これは、従来「臣民」とされていた人々が、主権者として国家の最上位に立つ、まさに歴史的な「下剋上」とも言える変革です。
(深田)
なるほど。
(大西)
かつて最も下位に置かれていた人々が、主権者として「お上」の立場に立つことになったわけです。本来であれば、天皇制を廃して共和国とするという選択肢もあり得たかもしれませんが、あえて天皇を存続させた上で、国民主権を掲げた。その結果、天皇は国家の元首ではなく、「日本国民統合の象徴」という立場に置かれることになりました。
主権者である国民はすでに国家の頂点に立っている以上、その上に天皇を据えることはできませんし、下位に置くこともできません。ゆえに、上下の序列とは別の次元である「象徴」という概念を新たに創出する必要があったのではないかと思います。
(深田)
まさにその通りですね。いわば、従来の価値観とは異なるパラレルワールドを創出したような印象を受けます。
(大西)
「象徴」という概念の意味について、多くの日本人が十分に理解していないのではないかと感じます。「象徴」とはすなわち“シンボル”であり、旗のような存在に例えられます。それは、ある役割を担う「人」でもなく、明確な機能を持つ制度上のポジションでもありません。あえて言えば、そうした抽象的かつ非人格的な存在として位置づけざるを得なかったのだと思います。
(深田)
私もその点について、よく考えるのですが、天皇陛下は果たして本当に幸せなのだろうか、と感じることがあります。たしかに明治憲法下では、天皇は主権を有する存在とされていましたが、実際にご自身の意思で国を動かすことができたのかというと、疑問が残ります。むしろ、主権者としての権威を利用され、中央集権的な体制の中で、周囲の取り巻きや癒着構造の中に組み込まれ、意のままに操られていたのではないかという印象を抱きます。
そして、戦後の日本では天皇が「象徴」としての立場に移行しました。しかしながら、それによって天皇や皇族の人権が適切に保障されているかどうかについては、疑問が残ります。たとえば、公務が生涯続き、死の直前まで多忙な日々を送ることが求められる状況にあるとすれば、それは過度な負担と言わざるを得ません。天皇陛下の人権が本当に守られているのかどうかについては、深く考える必要があると感じています。
(大西)
まさにその通りだと思います。この問題については、人権という概念の捉え方によってさまざまな意見があるでしょう。中には、「天皇は人ではない」といった極端な主張をする人もいるかもしれません。しかし、仮に天皇を「一人の人」として見るのであれば、当然、人権という概念が適用されるべきです。
そして、一人の天皇に対する人権侵害を黙認することは、社会全体として人権侵害を容認することと同義です。特定の個人であれば許されるという話ではなく、人として尊重されるべき存在である以上、その人権は当然守られるべきだと考えるのが、ごく自然な認識だと思います。
(深田)
そうですよね。たとえば、現在の労働基準法などの法制度は、天皇陛下や皇室に対してどのように適用されるのか、とても気になります。おそらく、適用外とされているのでしょう。
(大西)
おそらく、言論の自由や表現の自由といった基本的な権利に関しても、天皇や皇室の方々には一定の制限が課されているのではないかと思います。社会的な影響が極めて大きいため、幼い頃から「自由にものを言ってはならない」という意識が根付いてしまっている可能性があります。
だからこそ、そうした前提を含めて、一度すべての思い込みを取り払い、ゼロから物事を考えてみるべきではないかと考えます。
(深田)
「ゼロから見る」というのは、具体的にはどういうことを意味しているのでしょうか。
(大西)
たとえば、天皇制そのものの在り方についても含めて考え直す、ということです。この制度を今後も存続させるべきなのかどうか。そうした問いを立てる自由が、本来あるべき「自由」なのではないでしょうか。どのような考えを持っても、どのような意見を述べてもよいという状態こそが、真の自由であると私は考えています。その前提に「タブー」が存在してしまっているようでは、やはり健全な議論は成り立たないと思います。
(深田)
おっしゃる通りです。たとえば皇室に関しても、「女性天皇か」「女系天皇か」「男性天皇か」「旧宮家の復帰か」といった議論が頻繁に行われていますが、それらは時に極端に単純化され、矮小化された形で語られているように感じます。
例えて言えば、それはまるで町内会の集まりで「大西家は後継ぎがいないけど、どうするのか」といった話をしているようなものでしょう。周囲の人々が勝手に、「あの家には子がいないから、よそから誰かを連れてきて養子に入れたらどうか」などと話しているような感覚です。そこに、当の本人たちの意思がまったく考慮されていないことに、私は違和感を覚えます。
皇室の方々が実際にどのような考えを持たれているのか、そうした個々の声はほとんど表に出てきません。その一方で、周囲の言論人や識者たちが一方的に議論を進めているという状況は、やはり不自然に思えてなりません。
もちろん、私自身もかつて眞子さまが小室圭氏との結婚を選ばれた際には批判的な意見を持ちました。ただし、それは皇室制度の問題としてではなく、一人の女性としての直感に基づくものでした。「果たして、その相手と本当に幸せになれるのだろうか」という素朴な疑問です。あれは、制度論ではなく、あくまで「女性としての目線」からの問いかけでした。
(大西)
そもそも日本国憲法において定められているのは、「天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴である」という一点に尽きます。ここで言う「象徴」とは、人そのものでもなければ、明確な役割を担う存在でもありません。あくまで、抽象的な「シンボル」として規定されているにすぎません。そして、「誰が天皇になるか」という点については、憲法ではなく「皇室典範」によって定められているのです。
つまり、憲法に記されているのは、「象徴である」ということのみです。象徴とは何かといえば、たとえば旗のようなものであり、極端な言い方をすれば、サンタクロースのような存在にも例えられます。サンタクロースは、誰が扮するかにかかわらず、一定のイメージや象徴性をもって社会に存在していますよね。
(深田)
確かに、そうですね。
(大西)
象徴というのは、誰が担うかが本質ではなく、その存在が意味するものの方が重要です。今の日本においては、象徴という立場を生身の人間が担っているため、そこに複雑さが生まれているのです。
(深田)
まるで、ダライ・ラマのような存在とも言えるかもしれませんね。
(大西)
本来であれば、象徴を担う人物であっても人権が保障されるべきです。しかし現実には、象徴であるがゆえに「誰がなるか」という点については、制度的に厳しく限定されています。重要なのは、「象徴」という概念が特定の“誰か”を指すのではなく、ある“存在のかたち”を意味しているという点です。
たとえば、サンタクロースという存在は、白いひげをたくわえ、体格がある程度あって、という一定のイメージに基づいて認識されています。あるいは、日本の国旗であれば、「日の丸」という太陽をかたどったデザインが象徴として定着しています。そこに求められているのは、「中身」ではなく、「形」や「外見」としての記号性なのです。
(深田)
記号化されているということですね。「シンボル=記号」と捉えると、確かに理解しやすいです。
(大西)
まさにそのとおりです。実際、憲法に明記されているのは「シンボル=象徴」であるということですから、「天皇というシンボル」が国家に存在するのであって、それを誰が務めるかというのは、あくまで別の制度、すなわち皇室典範に基づく話です。
しかしながら、多くの日本人は、こうした憲法上の「象徴」という規定について、あまり深く理解していないのではないかと感じています。日本人にとって「天皇」とは、伝統の中に組み込まれた存在であり、血統や歴史の延長として自然に受け入れられてきたものです。そのため、憲法が施行された瞬間に、突然その存在が「象徴」として再定義されたことに対して、違和感や拒否感を抱く人々がいても、不思議ではありません。
つまり、長きにわたって血筋とともに継承されてきた天皇の存在が、「生身の人間」や「血統の継承者」としてではなく、単なる「シンボル」に変わってしまった——。そうした変化に「我慢ならない」と感じる人々が、今日における憲法改正論の一部を支えている可能性もあると私は思います。そうした立場や感情があっても、おかしくはないという理解も必要なのではないでしょうか。
(深田)
なるほど、非常に腑に落ちるご説明でした。
(大西)
私が大切にしたいのは、この80年に及ぶ日本の歩みです。我が国は「戦争に巻き込まれたからこそ、戦争をした」という経緯があり、その背景には当時の国際情勢のみならず、現場で関わった多くの人々の意識や行動も含まれていました。
こうした反省をもとに、新しい憲法は形づくられたのだと思います。そして、この憲法を80年間にわたり基本的に変えようとしなかったという事実は、私たち自身が「このままでよい」と判断してきた結果にほかならないと考えています。
(深田)
なるほど、納得できます。
(大西)
ただし、その「よい」としてきた憲法を、近年になって「よくない」と感じる人々が出てきている。その結果として、「改正」という議論が生まれているのでしょう。しかしながら、改正を行うのであれば、まずこの80年間、日本国憲法がどういった思想に基づいて制定され、どのような役割を果たしてきたのかを、しっかりと理解することが前提であるべきです。憲法の文言を一度、丁寧に読み込むべきだと強く思います。
(深田)
本当にそうですね。私が気になっているのは、憲法改正を訴えている人たちが、果たして現行憲法と改正案の条文を丁寧に読み比べたうえで議論をしているのか、という点です。多くの人が、自分の好きな論者や政治家の解説だけを聞き、それを鵜呑みにしているのではないかと感じています。
たとえば、「憲法9条がある限り、日本は真の国家とは言えない」と言われれば、「なるほど」と思ってしまう。実際、私もかつてはそう感じていました。しかし、いざ改正草案をしっかりと読んでみると、争点は9条だけではなく、むしろ「基本的人権の制限」が中心になっていることに気づいたのです。
(大西)
その通りです。たとえば、日本国憲法の12条や13条に関して、自民党の改憲草案を見てみると、現行憲法では「公共の福祉に反しない限り、個人の自由は保障される」と明記されています。これは、他者の人権や自由を侵害する場合に限って制限されるという、明確な根拠を伴うものです。つまり、誰かの自由が他者の権利を侵す場合にのみ、法的な調整や争いが発生するという、民主的な枠組みの中で設計されています。
しかし、草案ではこの表現が「公益」や「公の秩序」といった、より抽象的かつ広範な概念に置き換えられています。これが何を意味するかというと、国家権力が恣意的に判断を下す余地が生まれるということです。たとえば、国家が「深田さん、その発言は公益に反します」「あなたの行動は公の秩序を乱しています」といった理由で、個人の人権を制限することが、法的に可能になってしまうのです。
(深田)
憲法に関して、私が最も問題だと感じているのは、現行憲法が「国家権力の暴走を防ぐための法律」であるという点です。つまり、この憲法は「国家が守らなければならない規範」として位置づけられており、主権者である国民の権利と自由を保障するための枠組みとなっているわけです。
しかし現在、主要政党の改憲案では、こうした憲法の基本構造が大きく変えられようとしています。すなわち、「憲法を守るのは国家ではなく国民である」「国家は自由に物事を決定できる」といった立場へと転換が図られているのです。
このことは、国家権力の制限を解き放ち、反対に国民の自由や権利を制限する方向への大転換を意味しています。ところが、このような構造的な変化に、多くの人々が気づいていないのではないかと懸念しています。それが、私の抱く最大の危機感です。
(大西)
おっしゃる通りです。憲法とは本来、公権力を縛るための法であることは間違いありませんが、同時に、憲法の条文には「不断の努力によって、これを保持しなければならない」とも明記されています。
つまり、権力を縛るという観点だけでなく、「主権者たる国民こそが、最大の権力者である」という認識を持たなければならないのです。憲法を単に権力を制限する道具と見るのではなく、主権者である私たち一人ひとりが自ら読み、理解し、守り続ける責任があるということを、しっかりと意識しなければなりません。
そうした不断の努力を怠れば、憲法は簡単に書き換えられてしまいます。現在、「公権力を縛る存在としての憲法」を、公権力が勝手に変更しようとしていること自体が問題ですが、それを黙認してしまっている私たちの側にも責任があるのではないか。その点について、私たちは深く自省すべきだと思います。
(深田)
まさにその通りですね。
(大西)
さらに重要な指摘として挙げたいのは、せっかく我が国には素晴らしい憲法が存在しているにもかかわらず、司法がほとんど機能していないという現実です。
(深田)
それは、まさに最大の問題点だと思います。
(大西)
現在の日本の司法は、憲法判断を避け続けています。たとえば、私たちの広島の候補者である谷本氏が、マスクを着用しなかったことを理由に飛行機から降ろされた件について、最高裁に対して違憲の申し立てを行おうとしたのですが、「憲法判断はしない」として門前払いにされてしまいました。
かつての砂川裁判においても同様で、「高度に政治的な問題については判断を差し控える」として、司法がその責任を回避する姿勢を示しました。このように、日本の司法は、極めて慎重かつ消極的な態度を取り続けており、それが結果的に憲法の実効性を損なっています。
(深田)
その点が、アメリカの司法制度との決定的な違いですよね。
(大西)
まったく異なります。アメリカでは、司法が政治や行政の暴走に対して毅然と立ち向かう文化が根づいていますが、日本では三権分立が十分に機能していないのが実情です。結果として、「憲法は存在しているが、実際には使われていない」という、極めて残念な状況にあります。
(深田)
実は、今日このあとお招きしているのが、元裁判長の方なのです。その方も非常に懸念されているのが、裁判官の研修体制についてです。たとえば原発裁判に関わった裁判官が、最高裁によって集められ、「こういう判決を出すべきだ」と暗に示されるような研修を受けさせられているという実態があります。こうして判決の方向性を統制されてしまうのです。
つまり、最高裁が「お上」の暴走を監視・抑止する役割を果たすどころか、むしろその意向に従い、一体化してしまっているという構図があるのです。私は、この癒着こそが最大の問題だと考えています。
(大西)
まったく同感です。本来であれば、憲法は国家権力に対する「盾」として、国民が自らを守るために使うべきものであり、また司法はその盾を支える最後の砦であるはずです。しかし現実には、国民がその憲法を「盾」として使おうとしても、司法がそれを機能させてくれない。憲法がありながら、使うことができない。これは、極めて深刻な制度的劣化であり、日本の法治の基盤がすでにガタついていると言わざるを得ません。
(深田)
私自身、刑事告訴を受けたり、訴訟を起こされたりといった経験があります。もちろん、その精神的・経済的な負担は非常に大きいものです。しかし一方で、私はそれをむしろ「自分の権利とはどこまで認められるのか」「憲法を盾にしたときに、その限界点はどこにあるのか」ということを知る貴重な機会と捉えています。憲法の理念を現実の中で試す実践の場として、非常に学びの多い体験だと感じているのです。
今回、私は公権力を有する人物から刑事告訴を受けました。「お前に法的措置を取るから、政策批判などするな」といった発言がなされたわけですが、最終的にこれは「脅迫罪」に該当する可能性があると判断されたのです。
この件を通じて、言論の自由を行使する国民に対し、公権力者がその行使を封じようとする行為には重大な問題がある、という認識が、社会に少しずつ浸透し始めたのではないかと思っています。
実際、SNSでの反応を見ても、国会議員などが「これ以上発言するなら法的措置を取る」と言えば、多くのユーザーが「それは脅迫罪にあたるのではないか」と反応するようになっています。そうした市民感覚の変化を見るにつけ、私は「日本の民主主義は、また一歩前進したのかもしれない」と感じるようになりました。
(大西)
まさにその通りです。そうした行動を、自らの身体を張って実践されていることに、深い敬意を覚えます。本当に大変なことだと思います。
(深田)
ありがとうございます。実際のところ、精神的なタフさも求められますし、財政的な面でも非常に厳しいものがあります。弁護士費用がかさむ中で、まさに「地獄」と形容できるような状況を体験しています。
けれども、私は地獄のような経験があるからこそ、その後に得られる「幸せ」や「楽しみ」の価値が際立つのだと思っています。不幸を知っているからこそ、幸福の意味を深く味わえる。そんなふうに捉えて前向きに取り組んでいます。
ということで、今回は大西つねきさんをお招きし、憲法をめぐるさまざまな論点について、じっくりとお話を伺うことができました。大変興味深く、心から引き込まれるようなお話でした。本日は本当にありがとうございました。