キャベツがトンカツより高くなった!? 日本経済の謎を解く! 吉野貴晶×深田萌絵
(深田)
皆さんこんにちは、政経プラットフォーム ITビジネスアナリストの深田萌絵です。今回は青山学院大学大学院客員教授で、ニッセイアセットマネジメントのクオンツアナリスト、吉野貴晶先生にお越しいただきました。先生、よろしくお願いします。
先日、先生の記事を拝読し、その通りだなと思ったことがあるのですが、いまキャベツの方がトンカツより高い時代に突入しているのに、どうして日本政府はインフレだと認めてくれないのでしょうか。
(吉野)
特に食品の値段が平均的に高くなっていて、一般の人々にとってはインフレというイメージになっていると思います。ところが政府はデフレ脱却という話にはまだしていないので、皆さん、少し違和感があるのではないでしょうか。
(深田)
肌感覚としてはものすごい物価は上がっていますよね。しかし、給料は上がっていないのに、銀座などではシャネルやルイ・ヴィトンに行列ができていて、高いものはよく売れているようにも見える不思議な状態です。
(吉野)
高級品の需要はインバウンドの影響もあると思うのですが、根本的に物の値段が上がってきているので、普通に考えたらデフレ状況ではないということになります。
では、インフレへの転換をしているのか長期的に考えてみると、例えば今から5年先、10年先を考えたときに、インフレ期待を持てるかがポイントになってくると思います。
(深田)
たしかに、今後、景気がどんどん良くなるイメージはあまりないですよね。
(吉野)
そこが重要で、政府がデフレから脱却していないという理由は、現状がデフレではないということに加えて、デフレが再発しないという確信を持てないからです。
(深田)
政府が今デフレじゃないと認めるには、何が必要なのでしょうか。
(吉野)
これはいろいろ議論もあるのですが、政府からの発表では四つの指標を見ながら総合的に判断する、ということになっています。
一つ目は、物価全般を示す「消費者物価指数」です。
(深田)
それについては、ターゲットにしている2%は十分超えていますよね。
(吉野)
生鮮食料品を除くというのが条件なのですが、12月までで33ヶ月連続で前年比2%を超えているという状況なので、これはクリアしています。
(深田)
生鮮食品を入れたら、実はもっと早くに達成していたかもしれないということでしょうか。
(吉野)
生鮮食品を含む「総合」という指標がありまして、そちらはもっと数字は高いのですが、政府が着目しているのは生鮮食品を除いた数字だということです。
これは近年、異常気象が慢性化している影響でして、各国でも物価を見る指標では生鮮食品を除いているのが一般的です。
二つ目は、これも物価を見るものですが、「GDPデフレーター」です。
少し専門的な話になりますが、日本国内において生産されたモノやサービスから原材料を除いたもの、いわゆる付加価値ですね。これを単純に金額ベースで計算したものを名目GDPといいます。
ただ、同じ量のモノを作っていても、価格が上がると金額ベースでは増えたように見えますよね。例えば、今年は価格が3%上がったとしたら、生産量は変わらなくてもGDPの金額は3%増えてしまうのです。これでは実際に経済が成長したのかが分からないので、実質に直して、本当の付加価値の水準を測るために実質GDPというものがあります。名目GDPと実質GDPの比率で、どれだけ物価が伸びたかを計算するのがGDPデフレーターです。この数値がプラスに転じて定着することも重要なポイントになります。
(深田)
いまGDPデフレーターの状況はどうなのでしょうか。
(吉野)
現在は8四半期連続でプラスなので、これもデフレ脱却の要件をクリアしていると言えます。
(深田)
では、今のところ一つ目と二つ目の条件は満たしているということですね。
三つ目はどうなのでしょうか。
(吉野)
三つ目は「労働費用」です。平たく言うと、モノを作る際に労働者にどれだけ賃金を払っているか、その割合が前の年に比べてどれだけ改善しているかです。
かなり不安定なこともありますが、比較的、賃金上昇の動きがここにきて定着してきているので、これもプラスになった傾向があると思います。
(深田)
一つ目の「消費者物価指数」、二つ目の「GDPデフレーター」、そして三つ目の「労働費用」の条件を満たしているのに、政府はデフレを脱却したとは言わないのですね。
(吉野)
ここで、四つ目の指標である「GDPギャップ」が関係してきます。先ほど、ある期間でどれだけ生産したかをGDPだと言いましたが、それに対して、実際に国内にある設備や労働力を使って生産した場合の供給と需要のバランスを見るものです。
もし実際の需要が供給を上回っていれば、モノが不足するので価格が上がりますよね。逆に供給が需要を上回っていれば、モノが余るので価格は下がる。このバランスを見て、デフレかインフレかを判断するということです。
(深田)
いま、そのバランスはどちらが強いのですか?
(吉野)
どちらかというと供給の方がまだ高いので、GDPギャップは良いとは言えません。需要が弱いと、たとえ物価が上がっていても、景気が良くなっているとは言いにくいのです。
ただ、政府の来年度の見通しでは、GDPギャップも改善するのではないかという予測が出ています。これは需要が膨らむというよりは、人手不足で供給が減ることによるものです。供給が減った結果、見かけ上のバランスが取れるという状態なので、健全な成長とは言い難いですよね。ここには、日本の潜在成長率が関係してきます。少子化や労働力不足といった構造的な問題があるため、長期的に見ても潜在成長率が伸びづらいのです。
しかし、足元の供給が絞られることで、短期的にはGDPギャップはポジティブという見方になるので、来年の試算では比較的改善するかもしれない、という見通しになります。
(深田)
そうすると、デフレ脱却の四つの要件を、来年には満たす見通しですよね。
(吉野)
そうですね。そうなってくると、政府も「デフレ脱却したのではないか」という指摘をいろいろ受けることになるでしょうし、比較的プレッシャーも強まると思います。
ただ、個人的な見解としては、2025年中にデフレ脱却宣言をするのは難しいでしょうし、来年もそんなに早い時期にはできないのではないかと考えています。
2013年に政府と日銀がデフレ脱却に向けた共同宣言を行い、金融緩和を進めてきたという流れがあります。もし、いまデフレ脱却宣言を出してしまうと、その共同宣言が終了してしまうのです。つまり、「デフレ脱却するまで金融緩和を続ける」という約束が終わるので、日銀に対して政府が金融政策のプレッシャーをかけづらくなるのです。
(深田)
つまり、政府としては、日銀に「デフレ脱却するまでは金融緩和を続けなさい」と言い続けるために、デフレ脱却したとは言いづらい、ということでしょうか。
(吉野)
そういうことでしょう。政府もデフレ脱却宣言をしたい気持ちはあるのでしょうが、実は、インフレ時代よりもデフレ時代の方が意外と生活しやすいということがありますよね。
(深田)
そうですね。いま賃金が上がっているとは言われますが、主に大企業の話であって、中小企業は置いていかれているのに、物価だけがどんどん上がっている状況ですから、インフレを目指してきた結果、私たちは一体何を得ようとしていたのだろうと思うこともあります。
(吉野)
私も個人的にはデフレの方が嬉しいです。資産をたくさん持っている人、不動産を持っている人などはインフレの方が得かもしれませんが、普通に生活している人たちにとっては、デフレの方がモノの値段が安くて暮らしやすいですからね。
ただ、政府としては経済政策を考え上でデフレは避けるべきだ、という考えがあります。インフレだと将来の値上がりを想定し、早くモノを買おうとするので経済が回ります。一方で、デフレだと値下がりを期待し買い控えが起きるため、景気が冷え込んでしまいますから、各国の中央銀行もデフレにしたがらないのです。
そもそも、なぜ物価上昇率2%を目指すのかですが、これにはいろいろと議論がありまして、私も1%でも良いのではないかと思います。しかし1%にしてしまうと、0%を下回るリスクが出てくるので、少し余裕を持たせて2%に設定しているわけです。世界的な先進国も2%を目標にしているので、日本も足並みを揃えているということです。
(深田)
では、日本はそろそろデフレを脱却しているように感じるのですが、政府がデフレ脱却宣言をするには、まだ一年半くらいはかかるということですね。
(吉野)
政府が公共投資を行う場合、デフレ脱却宣言をしてしまうと、「これから財政規律をどうするのだ」という議論が出てきてしまいます。そうすると公共投資をしづらくなるかもしれないので、デフレ脱却していないことにしておいた方が、政府にとっては政策の自由度が非常に高いのです。
(深田)
今回は、ニッセイアセットマネジメントのクオンツアナリスト、吉野貴晶先生に、「なぜ日本政府はデフレ脱却宣言をしないのか」というテーマでお話を伺いました。
本日はどうもありがとうございました。