#139-大井幸子×深田萌絵 農林中金問題、語られない問題の本質
(深田)
国際金融アナリストの大井幸子さんにお越し頂きました。宜しくお願いします。
今回は農林中金の1.5兆円もの巨額損失の件でご解説をお願い致します。
(大井)
今年9月27日、以前から農林中金(略称農林-のうちゅう)が1兆5000億円規模の赤字を抱えていて、なぜ外国債権で運用失敗し、巨額損失になるのか? これを精査し、損失が出ないようにしなければならない、ということで資産運用実態検証の有識者会議の初会合が開かれたことがニュースになりました。外部の有識者が「なぜこんなに巨額な損が出るのだ?」というような運用体制を見直す形になったということなのです。
(深田)
この農林中金の監査法人は一体どうなっているのだろう?と私も思ったのです。若かった頃、リーマンショック前に外資投資銀行に勤めていて、その時は仕組債セールスの担当ではなかったのですが、先輩方は法人営業の際にこうしたところに行っていたのです。「どうやって農林中金に口座を作ってもらうか?」というのが美人セールス部隊の中ではターゲットになっていましたから。そういう彼らがセールスしていた“仕組債”は、一見利回りが良く「シングルマイナスA」以上の利回り2%で、いわゆる優良な債権ではあるのですが、ノックイン・ノックアウト条項に抵触するとあっという間に損失が膨らむというリスクの高いものだったんです。だから監査法人が厳しいところであれば、このような商品は買わせてくれないはずなのですが。
(大井)
今おっしゃったようにそうした仕組債の見かけは信用格付けが高いです。農林中金の場合は銀行ですから、やはりシングルAかAA以上など、とにかくリスクのないものにしか投資できないので、投資銀行はリスクの低い商品をうまく作り、それを農中に買ってもらうのです。農林中金は10億、50億というような取引量の大きい単位のお客様ですから、そういう意味で外資系投資銀行のターゲットになりましたよね。
(深田)
私がいた会社はその金融商品を作る側だったのですが、そのリスク評価をシングルA― にするかAAにするか等の設定は、作る側がいくらでも調整できる部分があるのです。
(大井)
そうですね。私もムーディーズという格付け会社にいて、リーマンショック時に話題になったCLOやCBOという仕組債の証券化商品の信用リスクを格付けしていました。それ用のチェックリストで、どの程度、損失率が膨らめば評価がAかBかというフォーマットを使い、どの担保を集めデータをどう作るかという部分で格付け会社と投資銀行が一緒になりリスクのコントロールをしていました。 農林中金も一生懸命、そうした商品に投資をしていたのですが、それには他に買うべき商品があまりなかったという当時の背景が関係しています。信頼性が高く利回りも良い外国債権が少ない中、積極的な購買姿勢につながった理由のひとつはそこにあるでしょうね。 とはいえ、一方では商品のリスクが低かったにもかかわらずなぜこんな巨額な損失になってしまったのか?という話があって、それが去年あった債権ばかりを多く持っていたアメリカのシリコンバレー銀行破綻によく似ているんですね。 アメリカの銀行なので、米国債の中でも格付けの一番高い商品を持っていたはずなのですが、損失が膨らんでしまった背景には金利リスクがドンっと来てしまったからなのですよ。
(深田)
なるほど。
(大井)これはFRBが2022年からどんどん金利を上げたからで、そうすると債権価格はどんどん下がりますから、そうした金利リスクによって債権価格が下落し、時価でとどめを刺されてしまったわけです。これと同じことが農林中金にも起こり、「信用リスク」ではなく「金利リスク」でこうした結果になってしまいました。しかも、農林中金は円で投資するので為替リスクも加わり、円をドルに変える必要があるから、ヘッジコストがものすごく膨らんでしまい、それで為替でも損失が出てしまったということなのです。
(深田)
農林中金が買っていた債権は、プレーンな外国債権でしたか?あるいは仕組債だったのでしょうか?
(大井)
それはいくつかあるようです。例えばCLO(コラテラライズド・ローン・オブリゲーション)というローンを束にして証券化したものを全体の13%くらいで持っていました。
(深田)
結構持っていますね。
(大井)
そうですね、持っていますね。 このCLOという仕組債は、あまり大量の買い手がいないものなのですが、農林中金はこの領域で ‘クジラ’ と呼ばれるほどに巨額の投資をしていて、「クジラが池の中にいる」という風にアメリカや欧米の新聞でもよく書かれていました。
(深田)
私が外資系投資銀行に勤めていた時も、セールスの人たちはどうやって農林中金に口座を開設してもらうかということで、みんなターゲットにしていました。
このCLOという特殊な仕組債は、全てAAA (トリプルA) の格付けだったということですよね?
(大井)
そうです、AAA(トリプルA)です。ですが、もうひとつ「流動性リスク」というものがあって、価格が下がってくるとみんな売ろうとするのですが、売ろうとしてもマーケットがそんなに大きくないので、大量にCLOを保有している農林中金がそれを手放すと市場が崩壊するんです。
(深田)
流動性がなくなる、ということですね。
(大井)
はい。だからアメリカでは「池の中のクジラが暴れる」と表現していました。
大きなクジラが小さな池で暴れると池の水が全部外に出てしまう、ということです。
(深田)
CLOってそもそも相対取引ですよね。
*相対取引(OTC = Over The Counter)
証券取引所などの市場を通さず売り手と買い手が当事者同士で価格や売買数量などを決めて行う取引のこと。
(大井)
仰る通りで、相対取引なので買い手がいなければ価格も付かないわけで、いくらになるかもわからない。アメリカではそれが非常にリスクだと認識されているのですね。
(深田)
そういうことなのですね。
(大井)
アメリカのFRBの中にニューヨーク連邦準備銀行という所があるのですが、ここがアメリカからみた外国銀行に対して取引を監督していて、去年12月に農林中金ニューヨーク支店がこのFRBのスタンディング・レポ・ファシリティの対象になったのですよ。
(深田)
スタンディング・レポ・ファシリティとは?
(大井)
ちょっと説明が難しいのですけど、銀行が倒産する時って、オーバーナイトのファンディングがつかなくなったりしますよね? もう誰も金を出してくれる人がいなくなって、オーバーナイトのレポができなくなるリスクがあるのですが、いわば管理ポストみたいなもので、そのリストの中に農林中金ニューヨーク支店が入ってしまったのです。例えば、もしも農林中金に何かがあった場合、彼らが持っている大量のCLOを売ろうとすればリーマンショック時のように誰も取引できなくなるような事態にもなりかねないですから。
(深田)
そうなのですよ。リーマンショックの時、私は金利市場のトレーダーと一緒に金利を見ていました。
(大井)
すごいですね。
(深田)
金利はついていましたが、その金利でオファーを出しても誰も取引してくれなかったのです。
(大井)
ここもリーマンショック時のように倒産するかもしれないと思うから、皆、疑心暗鬼になり、信用できないから誰も取引に手を出さないんですね。リーマンショック時は、結局、取引が停止してしまい、市場がフリーズしました。市場の価格がどこまで暴落するのか分からない状況だったから、みな疑心暗鬼になっていました。
リーマンショックの怖い体験があるので、農林中金ニューヨーク支店を注意警告の対象銀行として見ているということですね。今すぐに農林中金が倒産するということではないのですが、彼らの持っている資産内容は問題視されています。
彼らの資産は債券56%、株式2%、クレジット等42%、そして債権の中のCLOという仕組債が13%で、相対取引で市場に流動性がなくなれば、農林中金自身が自分の売り発注で価格を暴落させるリスクがあるということですね。
(深田)自爆.. ですね。
(大井)
そうなのです。農林中金が大量に持っているCLOを売ろうとしたら、自分で市場を崩壊させてしまう可能性があります。まさに自爆の可能性が高い。 農林中金は他に買う商品がなくても農協から預かっている資金を運用しなければならなかったので、信用リスクのない商品を探してCLOに走ったわけですが、リスクが全くない商品は無く、信用リスクがなくても、金利リスク、流動性リスク、為替リスクなどはあるので、今回はそれらを被ってしまったということになります。
(深田)
どこの金融機関と取引していたのかを公表しないといけないですね。
(大井)
そうですね。アメリカの金利が上昇する時、もう少しリスク分散や金利リスクを考えるべきでした。アメリカの政策金利が2022年3月から急激に上がったのと同時に農林中金の損失が膨らんでいるわけですから、2022年から2023年の間、何をしていたの?という話ですね。
(深田)
ただ、アメリカもこれから利下げに動く可能性があるので、農林中金もこのまま持ち続ければ、損失が和らぐ可能性もありますね。
(大井)
はい、そうですね。シリコンバレー銀行の破綻後、アメリカでは連邦保険機構などが手を差し伸べました。でも農林中金は日本の銀行だから、アメリカの救済措置が適用されずで、アメリカではちょっと危ないのじゃないかという話が出ていました。でも日本では、まさか農中が破綻するなんて、と驚いているところに、1兆5000億円もの損失をどうするのだ?という論調も出てきて、専門家を入れてきちんと調べましょうという話になったのですね。
(深田)
その含み損を埋めるために農家さんからさらにお金を集め、資本注入をしようとしていますが、今、農家さんたちは資材の高騰で大変苦労しているのです。そもそも投資の世界では、損失の補填はご法度なのに。
(大井)
JAも含め農家さんたちに融資をしてきたわけですが、その融資の仕方も運用の方法も見直して考え直さなければならないと思います。 そして、農林中金は金融庁の管轄ではなく農林水産省の管轄ですが、日本の農業のためにも、農家さんたちのためにもちゃんとそうした金融政策をやっているのかという議論を是非ともしてもらいたいです。
私の知っている北海道の農家さんも資材の高騰で非常に苦労しています。例えば、トラクターを買うのに何千万円もかかり、その借金が代々引き継がれ、3代にわたって借金を引き継いでいるのです。
(深田)
孫の代まで引き継ぐのですか。
(大井)
そうなのです。そうやって農業を続けているんです。それで農協さんとお付き合いしながら、採れた作物を農協が管理する倉庫に保管させてもらうのですが、農協に逆らうと倉庫が使えないなどのいろいろな権力関係もあり、借金も増え続け、利子がつけばますます返済が難しくなったり等、農家さんにはいろいろな縛りがあるのが現状なのです。
(深田)
それは日本の農業の闇ですね。
(大井)
お金で縛られているため、言うことを聞かざるを得ないという権力関係が生まれています。
(深田)
本来であれば下請法などで、取り締まられるべきだと思うのですが。
(大井)
法律上、どういう立て付けになっているのかは調べたことがないのですが、農家さんたちはそうした権力支配構造関係の中にいて苦労されていらっしゃいます。だから、農家さんたちが農協から資金を受けずに独立して法人化し、独自の販売ルートを自分達で持てるようになれば、こうしたことも少しずつ変わるかもしれません。
(深田)
農林中金問題は、想像以上に根が深いですね。
(大井)
そうなのです、根が深いです。
(深田)
農林中金問題で有識者会議が開かれることになりましたが、農家さんに対するこれまでの冷たい対応も反省してもらい、立て直しできる方向に向かえば良いなと思います。
(大井)
そうですね。お金の問題だけではなく、日本の農業や食料の問題も絡んできますよね。
(深田)
今回は国際金融アナリストの大井幸子先生に農林中金問題について解説していただきました。先生、ありがとうございました。