「ウクライナのロシア越境は終戦の合図?」下斗米伸夫 × 深田萌絵 No.98
【目次】
- 00:00 1. オープニング
- 00:48 2. 経済制裁でもプーチンは倒れない
- 04:26 3. ウクライナで厭戦気分が高まる
- 07:51 4. 戦う姿勢を見せながら終結を探る
- 11:01 5. 外交的に詰めの段階に入っている
- 15:01 6. ウクライナの東西で分裂
(深田)
自由な言論から学び、行動できる人を生み出す政経プラットフォーム、ITビジネスアナリストの深田萌絵がお送りします。今回は国際政治学者の下斗米(しもとまい)伸夫先生にお越しいただきました。
ロシアがウクライナに侵攻してから今日(2024年8月12日)で901日目なのですけれども、最近のゼレンスキー大統領の様子を見ると、そろそろ戦争を止めたいように見えてきました。ロシアのウクライナ侵攻は終わりが見えてきたのでしょうか。
(下斗米)
私は基本的にそう見ています。ゼレンスキー大統領自身も、11月5日のアメリカ大統領選挙でどちらが勝つか分かりませんが、その頃までに止めようという合意を、今年6月にスイス大統領の主催で行われたウクライナ戦争に関する和平会議で行いました。この会議にバイデン米大統領は出席しなかった事から、アメリカもリーダーシップを失いつつあり、この戦争から身を引きたがっているように伺えます。また、やはり出席しなかった中国やブラジルなどにローマ教皇も加わって、戦争継続は無意味であると、停戦に向けた声もあがり始めています。
ゼレンスキー大統領はこれまで、ロシア軍を全部追い出して領土を全て取り戻すまで戦う方針でしたが、この和平会議直後の6月末に「フィラデルフィア・インクワイアラー」という新聞に「場合によっては要求項目を取り下げる、引き換えに自分達の安全保障を考慮してほしい」という記事を出しました。同時に、先述の中国をはじめNATO加盟国の中でもトルコ、ハンガリー、スロヴァキアなどの国々がだんだんと停戦に向けた動きを始めていますので、国際社会の中でもそういうプロセスが始まっている段階なのだと思います。
(深田)
領土を全て取り戻すまでは戦うと、今まで強硬な姿勢を見せていたゼレンスキー大統領が、急に態度を軟化したのには何かきっかけがあったのですか。
(下斗米)
現在ロシア軍が戦っているドンバス地方はかつて「ドン・コサック」と呼ばれ、日本人には日露戦争時代から有名な「騎馬部隊」がいた地域であり、ここの方々は徹底した親モスクワです。つまりドンバスで戦うロシア軍にとってもホームグラウンドなのです。この地域はロシア語を話す人も多いので、ロシアやプーチンへの好悪はともかく、ウクライナ側にしてみればここでの戦闘はとても太刀打ちできない。しかも長期戦になってしまうと基礎体力もまったく違い、ロシアはエネルギー・武器・兵員の補充、すべてにおいて数倍優位です。そもそも西側の誤算は経済制裁でプーチン体制を倒せると思っていた事で、いまや倒れるどころかロシア経済は3%成長しています。
また、インド・中国・ブラジル・サウジアラビアなどのBRICS諸国も、指示とは言わないまでも、停戦を促す方向への動きを見せています。今年10月にはロシア主催でBRICS会議があり、11月の米大統領選の結果によっては、ウクライナ戦争は早晩終るというシナリオで動き始めています。
イギリスのジョンソン元首相も、領土は半分諦めて引き換えにウクライナのNATO加盟をロシアに認めさせる形で解決は可能、との論文を出したばかりです。彼の目論見通りになるか、或いはロシアが主張するようにウクライナが中立国でとどまるか、その辺の詰めで密かな外交交渉がおそらく行われていると思いますが、中国、EU、勿論アメリカもからんで、そんなプロセスが見え出しています。パリ五輪終了直後、ウクライナ軍がロシア領内に越境攻撃と大きく報じられていますが、実際は、ウクライナ軍にもう兵員が集まらないのです。反対運動もウクライナ国内でどんどん増え、世論には厭戦気分が漲っていて58%が停戦に賛成です。
(深田)
先日、ウクライナのフレバー外務大臣が訪中したというニュースがありましたね。
(下斗米)
7月の中旬ですか、ずっと親欧米派の旗を振ってきたウクライナのクレバー外務大臣が、一転して中国を訪問したというニュースですね。中国は、西側からは親露と見られがちですが一貫してバランスを取っており、平和を語りながらも、今までは機熟せずと見て具体的な仲介には入っていませんでした。それが次第に調停への動きを示し始めてきたので、クレバー外相もわざわざ中国に行って話し合いを始めたのですね。私も一月ほど前に北京に行った際、ロシア外務省外交部のアジア局長さんとお話ししたのですが、彼も「もう冷戦の時代ではない。そういう思考を止める事がこの戦争の終わりだ」とおっしゃっていました。
(深田)
つまりクレバー外務大臣が訪中したという事は、ウクライナもそろそろ戦争を終わりにしたいので、仲介を中国に依頼する意味合いがあったと。
(下斗米)
そうだと思います。よく「朝鮮半島シナリオ」と言われますが、過去に朝鮮半島では38度線で戦争が凍結されたわけです。その後、東西両国に中立国も含めた国際社会が38度線に一種の監視団を派遣して停戦協定を実現し、今回のウクライナと事情は異なるものの、朝鮮半島は平和的な枠に収まっています。これと同じような形でウクライナ紛争を終わらせる為にはどうしても、西側やNATOだけでなく、中国・インド・ブラジル・アフリカなどの諸国がこの紛争にどのように絡むかを考えなくてはならない段階にきています。じつは昨年の5月に広島でサミットが行われた際、ゼレンスキー氏はすでにバフムートという重要な拠点を事実上失っていたのですが、日本政府はそれを国民にはっきり伝えませんでした。日本が停戦や和平を呼びかけ主導するせっかくのチャンスを逃してしまったのは残念です。
(深田)
クレバー外務大臣が、中国から見れば「戦争の出口を模索しているかのような気配」を匂わせて帰ったにも拘わらず、その直後にウクライナ軍はロシアに越境攻撃を仕掛けましたが。
(下斗米)
色々な解釈がありますが私の見方では、もうそろそろ戦争を終わりにしたい、だからその為のキッカケが欲しいのではないかと。推測ですが、完膚なきまで叩きのめされての敗戦よりも、こうして精一杯戦ったけれどやむなく和平になった、というシナリオにしたいのではないでしょうか。これは今年5月にロシア側が、元々併合していなかったハルキウ(別称ハリコフ)という地域に進軍し、新たな緩衝地帯を作り始めた事への意趣返しでもあったのでしょう。
(深田)
ウクライナ側はロシアと戦っている姿勢を見せながら、今どうやって戦争を終結させるのかという方向で……
(下斗米)
そうですね。現在のウクライナ世論も市民の過半数が平和を望んでいるので、そう長くは戦争を続けられないでしょう。トランプさんとハリスさん、どちらが勝つかは分かりませんが、民主党のハリスさんでさえ戦争の事には殆ど触れていませんから、そろそろこの戦争を終らせたいという動きは国際的に高まっていると思います。
(深田)
アメリカ大統領選挙は今後のロシアとウクライナの関係にも影響を与えるだろうと考えていましたが、今のお話ですと、トランプ前大統領は「自分が大統領になったらこの戦争はすぐに終わるだろう」と明言し、一方のハリス候補も特に戦争について言及していないとなると、アメリカは民主・共和の党派を超えて「そろそろ戦争をやめてもいいかな」というムードになっている感じでしょうか。
(下斗米)
戦争を継続したくても、議会多数派が戦争反対の党になりますと予算が通りません。今年の米国議会は共和党が妥協して少しだけ軍事・経済援助を出しましたが、はたして今後のアメリカ政治が基本的に戦争に向かうかどうか。私の見るところ、これは欧州の問題だからと「欧州任せ」にするのではないか。ウクライナの安全保障は二国間で、例えば英国と、あるいはスウェーデンなどとウクライナとの二国間保障にさせようとしているのではないかと考えています。また、西側の武器提供は非常にペースが遅く、虎の子と言われるF16戦闘機も年内精々10機が限度でしょうから、ロシアの強大な空軍と対峙して戦況を劇的に逆転できるゲーム・チェンジャーになる可能性はありません。これらの戦力分析も含めて、世界は和平に向かいつつあると私は見ています。
(深田)
ロシアとウクライナの戦争が終結する着地点、どの辺りが落とし所になるでしょうか。
(下斗米)
私にもよく分からない部分がありますが、先述した6月末にゼレンスキー大統領がアメリカで終戦条件を緩和した時に、ロシアのコロコリツェフ内務大臣が密かに訪米していました。(その時の秘密交渉でロシア側は)ドンバス2州はロシア領とし、ウクライナは中立国にするけれど35万人体制を認めると提案したらしい。1年半前のイスタンブール交渉では10万人体制まで削減する案でしたから(ロシア側も)かなり条件を緩和したのではないかと言われています。
(深田)
10万人体制というのは縮小後のウクライナ軍規模が10万人という事で、それを35万人規模まで緩和したという事でしょうか。
(下斗米)
はい。この情報が本当かどうかはまだ不明ですが、そのような説がかなり強く出ています。また、イギリスのジョンソンさんはウクライナのNATO加盟を推す考えですが、これも「中立かNATO加盟か」の二択とは限らず、つい最近の例ではスウェーデンの「中立だがNATO寄り」という落とし所も実はあったわけで……。その辺で外交の詰めが始まっているだろうと思われますが、いずれにせよそういう段階に近づきつつあると思います。
(深田)
と言う事は、ウクライナはどのみちドンバス2州を手放さざるを得なくなりますか。
(下斗米)
先ほどもご説明した通り、ドンバス地域はロシア文化のど真ん中なのです。日露戦争の時に活躍した騎馬部隊がのちに赤軍となって1944~45年にベルリンまで迫ったわけですから。だからこの地域が西側になる事はあり得ないのです。
(深田)
ドンバスは兵器の工場もかなり多いですね。
(下斗米)
そうですね、東ウクライナはだいたい軍事産業です。ロシア革命時にレーニンが、農業圏だったウクライナに工業の要素が必要だと考え、ドン川支流の広大なドネツ炭田地帯、すなわちドンバスの一部をウクライナ側に組み入れた経緯があります。だからこの地域はかなり恣意的に線引きがされたため、ドンバスの人々は「自分達はど真ん中のロシア人だ」との自負が、特に軍や治安機関の人に強く、また同時に信仰心も篤いのです。ご存知の通りロシア革命政府のレーニンは宗教を禁止しましたが、それでも民衆はずっとロシア正教を捨てませんでした。
その反面、第二次世界大戦が始まった1939年にスターリンが、本来ロシア帝国領ではなかった西ウクライナまで無理矢理併合してしまったため、約300万人の住民たちは猛反発し、その中からナチスと組む人、戦後の冷戦時には西側と組む人たちが出てきて、ウクライナ国内は内戦のような様相に分極化してしまいました。
(深田)
ウクライナの領内で、そもそも自分はロシア人のコアだと自認する人々がドンバスを中心に居住していて、反面、西ウクライナ側からすれば、そもそもここはロシアではないのだからナチスと組んでロシアと戦うのだ、という人々も居たわけですね。
(下斗米)
第二次大戦後、その反ロシアの人々は大量にカナダへ、一部はアメリカに移住しました。だから冷戦期にはバランスよく冷戦外交を行っていたカナダ政府も、今はかなりウクライナ寄りですね。人口の7%くらいが西ウクライナの人たちによる圧力団体となっています。
(深田)
ロシアとウクライナ、ようやく終りが見えてきたようだというお話でしたが、最後にひとつ、個人的な質問です。ロシアのウクライナ侵攻が始まってから、ロシア人やウクライナ人と都内や国内旅行先などでよく遭遇するだけでなく、私の住むマンションにもウクライナ人が増えてきています。この大勢の人達は(地理も文化も遠いのに)どうして日本に居るのだろうと、すごく不思議に思っていたのですが。
(下斗米)
気の毒な事に、ソ連が崩壊した後、ロシアはエネルギー資源のおかげで経済的に立ち直りましたが、ウクライナは残念ながら資源が乏しく、国内も親露・反露で分裂していたため、たくさんの人がアメリカやイギリスなどに移民として出て行きました。ソ連崩壊時のウクライナには5200万人の国民がいて、そのうち1000万人がロシア人系だったわけですが、現在の人口に占める比率はどれくらいなのか……計算の仕方にもよりますが、今回の戦争で恐らく100万人単位の人々が犠牲になり、恐らく1000万人近い人々が海外に出ました。その一部はまた国内に戻ったものの、多くはそのまま(日本もふくめて)海外に住み着いてしまったのです。勿論日本政府もウクライナ支援をやってきましたから。
(深田)
日本政府のウクライナ支援で来日されていると……
(下斗米)
政府の保護だけでなく、民間のルートでやってきた人達もいます。
(深田)
確かに、民間でウクライナの方々に住居を提供されている方もいらっしゃいますものね、分かりました。
ロシアとウクライナの戦争にようやく終焉が見えて来たところで、着地点について国際政治学者である下斗米伸夫先生にご解説を頂きました。先生ありがとうございました。