#53― 深田萌絵 × 藤和彦 『上下分断が進む中東の石油地政学』

(深田)

自由な言論から学び、行動できる人を生み出す政経プラットフォーム。ITビジネスアナリストの深田萌絵がお送りします。今回は経済産業研究所コンサルティングフェローの藤和彦先生にお越しいただきました。よろしくお願いします。

今回、ロシアのウクライナ侵攻でエネルギー価格がかなり不安定になり、それがヨーロッパにも波及する形になって、脱炭素推進からの揺り戻し的な動きが欧州議会でも見えてきたと思うのですが、現在中東はいかがでしょうか。

(藤)

10月7日から、もうすぐ9ヶ月になろうとしていますが、石油の供給にまだ全然支障が起きていないので、石油市場からすると、中東は現在不気味な平和を保っていますよね。

(深田)

10月7日は何が起こった日ですか。

(藤)

昨年、ハマスがイスラエルを奇襲した日です。

(深田)

なるほど。

(藤)

もうすぐ9ヶ月になりますが、さいわいなことに中東から、まだ原油の供給が止まったことはありません。

(深田)

しかし、どうして現在中東はこのような平和を保っていられるのでしょうか。

(藤)

単なる偶然でしょう。必然的に安定しているのではなく、たまたま何も起きていないだけだと思います。

(深田)

現在、イスラエルとイランの関係もかなり際どくなってきている一方、アメリカがサウジアラビアに対して石油を増産してくれと何度も頼んでも無視をしたり、それどころか石油をドル建てで販売する協定も放棄したりして、サウジアラビアとアメリカの関係も緊張がありますね。

(藤)

正確に申しますと、サウジアラビアはドル建ての輸出は変えられません。なぜかというと、ドルペッグ制(通貨の価値をドルと連動させること)だからです。もしドル建てに変えたら、ドルが暴落したときに、自分の通貨も下がりますから、ドル建てにできないでしょう。

(深田)

そうですか。石油をドルで必ず売る協定を延長しないことが今後起きてくるとも言われておりますが。

(藤)

一時、ドル建てを延長しないというオファーが中国からあったのですが、サウジアラビアはきっぱり断っていましたので、その協定は変わっていません。

(深田)

おかしいですね。先週、石田和靖さんによれば、「ドル石油協定があって、ドル建てで石油を必ず売る協定を延長しなかった」という話が先週出ていたそうなのです。

(藤)

協定にそのような時限制度はありません。当時ニクソンショックの渦中、ドルの金本位制をやめて、ドルの価格が低下したので、キッシンジャーが1974年にサウジアラビアに、せめて原油を安価にするために泣きついて、輸出を全てドルにしてもらいました(ワシントン・リヤド密約)。しかし、この取り決めに時限付きで延長する話はないと思うのですが。

(深田)

 そうですか。何か情報が出ていたので、少しググってみます。

(藤)

もしそのようなことがあれば、大手のメディアも含めて、今頃絶対に書いています。ロイターやブルームバーグ・ニュースを見ている限り、一切そういう報道はないです。もしその方が独自のルートを持っておられれば別ですが、正直に言って、国内生産基盤が弱いサウジアラビアは食糧を含め非常に輸入に頼っているので、ドルペッグしている自国通貨が下がるようなことは、やはりできないと思います。

(深田)

確かに現在の日本は円安で、とんでもない輸入インフレで、中小企業もかなり倒産しています。そのようなリスクをサウジアラビアは取らないだろうということですね。

(藤)

2007年にクウェートはドルペッグを廃止しましたが、依然と中東産油国はドルペッグしていますから、大きな障害だと思いますね。

(深田)

そうですか。先週、バイデン大統領がサウジアラビアに対して安全保障の協定の交渉に行ったのですけれども、今後どうなると思いますか。

(藤)

今回の一番注目すべきところは、アメリカがサウジアラビアに対して、「日米安保のように防衛義務を負います」「民生用原発の技術も提供します」「攻撃用武器も提供します」と言って、建前では非常にべた寄り状態なのですが、「アメリカがきちんとサウジアラビアを守るから、サウジアラビアはイスラエルと国交正常化してくれ」というのが本音であるところです。ただし、サウジアラビアは二国家共存の姿勢を崩せていませんから、おそらくアメリカがいくらサウジアラビアに「お願い」を言っても進まないのではないかなとは思っています。

(深田)

サウジアラビアとしてはアメリカの言いなりになる気はないということでしょうか。

(藤)

やはり二つの聖地の守護者として、パレスチナを見捨てて、イスラエルと国交を結ぶことを、UAEなど周辺諸国はできても、中東の大国であるサウジアラビアができるかどうか疑問です。現在どういう状況か分かりませんが、ムハンマド皇太子はやりたいと思っていても、サルマン国王は、あの世代は、絶対に許せないだろうと思います。

(深田)

そうですよね。「イスラエルとパレスチナの関係やイランとイスラエルの関係などが飛び火していったら、今後の石油価格が上がる」と以前少しお話しいただいているのですが、そのような火種はまだくすぶっていると見ていらっしゃいますか。

(藤)

不思議なぐらい、まだ火種が起きていないですね。

(深田)

今のところまだ起きていないのですか。起きていない要因は何だと思いますか。

(藤)

偶然ですね。

(深田)

偶然ですか。

(藤)

はい。正直言って、まだイスラエルとハマスの停戦の合意も見込めません。現在、イスラエルとレバノンの武装組織であるヒズボラが全面戦争に入る可能性に注目しています。ハマス以上にヒズボラは兵器の能力を持っていますし、イランはヒズボラに対して「全面支援する」と言っています。

もしイスラエルがヒズボラに攻撃されたら、イスラエルに対して「全面支援する」と言っているアメリカ対イランの代理の対決、場合によっては直接対決も起こり得ます。おそらく現在一番ヤバいのはこの代理戦争のリスクです。

イスラエルとハマスの間では全く問題がなかったのですが、ヒズボラが全面戦争になった時、アメリカとイランの影がどんどんちらついてきています。場合によっては、直接対決もあり得ますが、おそらくイランは、アメリカから攻撃されればほとんど粉砕されますから、アメリカとの対決を避けるとは思います。今までずっと影に隠れていたイランが前面に出でくる可能性が現れてきています。

(深田)

イランが前面に出ると、何かメリットはあるのですか。

(藤)

昨年10月にハマスがイスラエルを攻撃して、イスラエルとサウジの国交正常化がとん挫したので、私もつい最近まで、イランが中東で行動を起こすメリットはないと思っていたのです。イスラエルとサウジアラビアが国交正常化すれば、イランは中東で孤立しますから、イランにとって悪夢なのですが、ハマスの攻撃もあって、「おそらくないだろう」と静観をしていました。

しかしここに来て、先ほどおっしゃったように、アメリカがものすごい勢いで、サウジアラビアの背中を押して、イスラエルとくっつけようとしていますので、イランも心中穏やかではなくなってきています。

(深田)

なるほど。アメリカが余計なことをするので、イランもアクションを取らざるを得ない状況なのですね。

(藤)

はい。万が一のサウジアラビアとイスラエルの国交正常化やヒズボラとの対立だけでなく、最近になって、イランは少し前にフーシ派に対しても「支援をする」と初めて言っており、イエメンのフーシ派が最近また攻撃を激化して、貨物船を含めて被害が増えています。

サウジアラビアとイスラエルの国交正常化をアメリカが押していることによって、むしろイランがざわつき出すリスクが高くなってきています。いかにもアメリカらしい感じです。

(深田)

イランにとって、サウジアラビアがイスラエル寄りになって孤立するのは、どうしてそれほど怖いことなのですか。

(藤)

イランの安全保障の専門家の間では、イスラエルという軍事大国と、中東の大国サウジアラビアがくっつけば、「非常に軍事的、安全保障的にまずくなる」という常識があります。

(深田)

どういったところがイランにとって嫌なのか、その常識が私たちには分かりにくいのです。

(藤)

何と説明すればいいのでしょうか。やはり、戦略バランスから考えて、明らかにイランは孤立します。イスラエルはもともと核兵器も持っていますし、サウジアラビアは金もアメリカの基地もあります。この2国がくっついたら、非常に安全保障上問題になると思います。

(深田)

なるほど。現在、石油価格は安定していますが、今後イランがヒズボラを押してくると火種が大きくなっていく可能性もあるということですね。

(藤)

むしろ、ヒズボラに対してはイスラエルがちょっかいを出しています。イスラエルが空爆して、ヒズボラの司令官などを殺し、ヒズボラがその反撃をしてきている状況ですので、この問題の根本にもイスラエルがいますね。

(深田)

イスラエルがやり過ぎているということですか。

(藤)

やり過ぎておそらくアメリカも相当手を焼いていると思います。

(深田)

 アメリカはイスラエルを決して支援しているのですよね。

(藤)

もちろん支援はしています。

(深田)

支援はしているけれども、「もうほどほどにしてほしい」とも考えているのでしょうか。

(藤)

これも先ほど言った下部構造と上部構造のずれですよ。経済の下部構造から考えたら、アメリカがイスラエルに対する軍事支援を本格化したのは、第4次中東戦争の後、石油危機の後なのです。アメリカは、当時中東の石油が必要でしたから、イスラエルを使って中東を安定させようと大幅な軍事支援をしました。

もう10年前のシェール革命以来、中東のオイルはいらなくなりました。下部構造上、アメリカにとって中東地域イスラエルは、戦力的価値がほとんどないのです。上部構造はやはり10年ぐらいずれますから、まだワシントンではイスラエルロビーやイスラエルマネーが強いので、政治家は親イスラエルですが、それが徐々に変わっていくでしょう。さらに、今回のイスラエルの暴走ぶりで、よりその傾向が加速されるのではないかと見ています。

(深田)

現在のアメリカの世論的にはイスラエル支持ですか、それともパレスチナ支持になっているのですか。

(藤)

相対的にはイスラエル支持ですが、世代間の差があって、高齢の方はイスラエル支持ですがZ世代以下はほとんどパレスチナ支持になっていますね。

(深田)

イスラエルとパレスチナの関係は、今年の大統領選でのテーマに上がっていきますよね。

(藤)

 そうですね。

(深田)

どちらを押すのがバイデン大統領にとって有利なのか、トランプ前大統領にとって有利なのか、両陣営何か戦略があるのですか。

(藤)

戦略がなかなか取れないので苦しいのではないでしょうか。本来なら、バイデンさんはZ世代を目当てに、イスラエルに対して強硬姿勢を取ればいいのですが、民主党議員も含めてユダヤマネーで潤っていますから、まだワシントンの中ではそういうことができません。

トランプさんは明らかにイスラエル支持ですから、バイデンさんが気色鮮明にすれば非常にプラスになるのですが、なかなかできないので、ある意味では両陣営ともおそらくこの話を争点にしない形になるのではないですか。

(深田)

そうですよね。いまだにユダヤロビーがかなり強く、そこに触れることは逆に損なので、争点に持ってこないと思われますね。

(藤)

はい。トランプ陣営は明らかにそうですよね。バイデンさんはそれを言いたいのだけれど、やはり民主党もまだそういう人たちが多いから、痛し痒しです。結果的にはどちらも何も言わないでしょう。

(深田)

イスラエルの目的は何なのですか。イスラエルがそこまでしてパレスチナを攻撃する、ヒズボラまで攻撃するという形で、自ら戦火を広げているように見えるのですが、この先にイスラエルは何を求めているのでしょうか。

(藤)

厄介なのは、彼らは戦略的でも理性的でもなく、非常に無意識の感情レベルで「自分たちが絶滅させられる」被害者意識でやっていると思います。

(深田)

それだけでそこまでできますかね。

(藤)

それが一番強いですよね。ですから、この数十年、イスラエルにどんどん東欧から人が移住してきています。

(深田)

イスラエルに東欧から移住しているのですか。

(藤)

はい。ネタニヤフさんも東欧系ですよね。そういう人たちが、どんどんパレスチナのユダヤ人入植地に勝手に入植していますから、ますます世論的には右傾化してきています。「パレスチナなど、ほとんどなくなってしまえばいい」と思っている人たちが増えていた結果、現在ネタニヤフ政権がありますから、かつてとは違う全くバランスの悪い政権で、国際世論上非常にはずれ者になっています。

(深田)

ネタニヤフ政権はいつまで続くと見ていらっしゃいますか。

(藤)

ネタニヤフ政権が変わったとしても、現在イスラエルの民は完璧に右傾化していますから、政権交代して変わるとも言えません。

(深田)

それは世論的に右傾化しているのですか。

(藤)

はい。パレスチナと2国家共存になれば、「ユダヤ人入植地が絶対だ」と考えている多くの方が、その交渉の過程で撤退しなければならなくなります。「2国家共存を絶対許さない」という民意がありますから、ネタニヤフが去ったとしても、もっと右寄りの人が出てくる可能性があります。

(深田)

なるほど。一つ質問があるのですが、ジョージ・ソロスはユダヤ人だと言われていますけれど、イスラエルを叩いていますよね。この背景について何かご存知ですか。

(藤)

ユダヤ人のバランス感覚ではないですか。アメリカの中でも、アンチイスラエルのロビー団体が、とにかく色々な形で分散して活動していますから。

(深田)

シオニスト派と反シオニスト派のユダヤロビーがいますものね。

(藤)

世界がどう変わろうが、生き残るために色々なバランス感覚でやっているのではないかと思いますね。

(深田)

なるほど。以前から、「同じユダヤ人なのにどうしてジョージ・ソロスは反イスラエルなのかな」と非常に不思議に思っていたのですが、単に時世を見ているだけ、自分たちの生き残りのために反シオニズムを推しているのですね。

(藤)

戦国時代の日本でもそうですが、お父さんは徳川について、子供たちは豊臣につくことで生き残ろうとしたように、ユダヤ民族がそういうことをやっていても不思議ではないと思います。

(深田)

確かにそういうことはありますね。

今回は経済産業研究所コンサルティングフェローの藤和彦先生にご解説いただきました。先生ありがとうございました。

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